大山エンリコイサム(アーティスト)

美術が、古代遺跡や漂流物のように時間や空間を超えていくものであってほしい。

大山エンリコイサム展  夜光雲

神奈川県民ホールギャラリー 


 白と黒を基調とした躍動感あふれる作品で知られる、大山エンリコイサム。ポーラ美術館や中村キース・ヘリング美術館での個展など近年注目を集めるアーティストでありながら、ストリートアートの研究で著書を出版するなど著述家としての側面もあわせ持つ。ギャラリーとして県内最大規模の展示面積を誇る神奈川県民ホールギャラリーでは、12月14日より大山の個展を開催する。

 大山が影響を受けた「エアロゾル・ライティング」とは、エアロゾル塗料(スプレー)で壁面に自身の名前や図像をかくストリートアート。その出会いをはじめ、表現で大切にしていること、本展への思い、今後の展望などを伺った。


「雲」に託した美術の可能性

―まず、今回の展覧会についてお伺いできたらと思います。本展は「夜光雲」と題した大規模な個展になりますね。タイトルに込められた意図や思いなどを教えてください。

 以前から「雲」というキーワードが気になっていました。雲は水滴が集まってできていますが、地上からは全体としてのフォルムが見えますよね。でもその形は定まらず流動的です。だからこそ、星に比べると雲には固有の名がありません。また地上と宇宙のあいだにある。そうした二面性や流動性、無名性、境界にあることなどが自分の考える美術や造形のあり方に通じるものがあります。美術作品には、批評や歴史による評価がある一方で、「もの」「物質」としてまだ見ぬ他者と出会う可能性がある。古代遺跡や漂流物のように時間や空間を超えていくものであってほしいと考えています。特に雲のなかでも「夜光雲」は高度な上空で発生し、氷の粒でできた光る雲です。雲のなかでもエッジがきいています。私の「クイックターン・ストラクチャー」という表現も、エアロゾル塗料が放つ粒子から、エッジのはっきりしたものが浮かび上がる。その点で共通したモチーフです。

―神奈川県民ホールギャラリーは1300㎡の広い空間で、ご自身にとっても過去最大級の展示ということですが、どのような構成になるのでしょうか

 五つの部屋がありますが、新作と旧作を織り交ぜつつ、新しいストーリーを紡ぐように展示する予定です。私はこれまで、ストリート文化の文脈で制作や研究を続けているので、そのイメージが自分に定着していますが、今回はそうしたカテゴリーを突き抜けて、ほかの分野と共振できたらと思っています。何と結びつくだろうと考えたときに、本展担当キュレーターの中野仁詞さんの提案で、日本式庭園のリサーチに京都に行きました。日本式庭園やそれを支える禅の思想が「雲」というテーマにも関係性が深いと考えています。また、今回のような広い展示スペースを物量で埋めるのではなく、空間に対する適度な量をじっくりと考えたいと思っていて、日本式庭園の考え方が参考になります。

―大山さんは平面作品を多くかかれている印象がありますが、今回は立体作品の展示や、作曲家・ピアニストの一柳慧さんとの協働もあるのですよね。

 立体作品をつくっていたのは2012年頃で、その系統の作品も展示します。ライブペインティングでの身体の動きを、空間的に表現しようと考えたときにつくったものです。ブロック状の黒いスタイロフォームを重ねて、腕のストロークで切り落としています。同じように「音」で空間的な表現を考えたときに、サウンドインスタレーションを行ったことがありました。エアロゾル塗料は噴射している間、シューっと音を発するので、線の長さと音の長さが連動します。つまりエアロゾル塗料の音だけ空気に放出することで、見えない音の絵がつくれるかなと思ったのです。音楽家との仕事はこれまでもあり、今回も楽しみです。

ストリート文化の影響を模索しながら

―大山さんが絵をかき始めるようになったきっかけや、ストリートアートに影響を受けた経緯などをお伺いできたらと思います。

 私が高校生だった2000年代前半に遡ります。当時はストリートファッションの全盛期でした。「裏原系」と呼ばれるブランドに行列ができたり、1万円くらいするプリントTシャツが流行ったり。そうした時代のなかで、同級生もブレイクダンスやスケートボード、DJなどに傾倒していき、ストリート文化が身近な環境にありました。そのなかで「エアロゾル・ライティング」という文化に興味を持ちました。「グラフィティ」とも呼ばれるその文化は違法なものもあり、そうしたアンダーグラウンドな側面にもひかれたのかもしれません。でも実際にストリートにかいた経験は少なく、授業中プリントの裏にドローイングをかいたり、大学生になるとクラブイベントでライブペインティングをしたり。ライブペインティングは壁に大きな紙を貼ってそこに絵をかくのですが、多いときで週に2〜3回、年間100本くらいやっていました。

―大学は美術の専門ではないですよね。そこから美術の道にどのように進まれたのでしょうか。

 ライブペインティングをしている頃、自分はストリートアートのようなものをかいているのに、実際のストリートではかいていない、という曖昧な立ち位置に悩んでいました。90年代の日本の中流家庭で育った自分が、法を犯してまで街に自分の名前をかく必然性はなかったんですよね。ですが自分の表現がストリートアートか否かといったカテゴリーではなく、影響を受けている文化とその背景にある社会について調べようと、言語化しはじめたんです。そして自身の表現を受け入れてくれるのが現代美術だと知り、東京藝術大学大学院に入学しました。

―そこから「クイックターン・ストラクチャー」というご自身のスタイルを編み出していくのですね。この言葉はどのように生まれたのでしょうか?

 エアロゾル・ライティングでもグラフィティでもない、自分の表現を表す言葉はないかと模索していました。あるとき、オランダのアーティストと一緒に壁画をかいていると、私の線をさして彼が「これは『クイックターン』だね」と言いました。たわいもない会話でしたが、線の躍動感を捉えた良い言葉だと思って気に入ったんです。さらにその線は立体構造になっているので、「ストラクチャー」とつけました。

―白と黒の作品が多いですが、色を使わないことに理由はありますか。

 紐解くといろいろな理由があると思います。それは生まれ育った東京で見た都市の風景が影響しているのかもしれません。首都高やビルの間を駆け抜けるような、モノクロームで立体的な都市のイメージ。クラブで活動していたときに通った、渋谷や六本木の街の風景。でも明快な理由があるわけではないのです。

―現在はエアロゾル・ライティングの発祥地でもあるニューヨークを拠点にされていますが、今後もニューヨークで活動を続けられるのでしょうか。

 ニューヨークに住んで8年が経ちますが、日本にもスタジオを持って2拠点で活動していく予定です。今後もストリートの歴史や文脈と、絵画史をつなぎ合わせて、作品と言葉で表現していきたいと考えています。

取材・文:佐藤恵美 撮影:末武和人


my hall myself

私にとっての神奈川県民ホール

通っていた大学が藤沢市だったので、神奈川県には縁があります。また2009年、現代美術の領域で活動すると決めてから初めてコンペに通り、展示をしたのも横浜でした。今回の展示の前は藤沢市アートスペースで個展をしましたし、神奈川での経験は自分の活動にとって大きな転換点になっていた印象があります。


大山エンリコイサム  Enrico Isamu Oyama

アーティスト。1983年東京都生まれ。2007年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2009年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。2011年アジアン・カルチュラル・カウンシルの招聘で渡米。2012年よりニューヨークを拠点にする。マリアンナ・キストラー・ビーチ美術館(カンザス)、ポーラ美術館(神奈川)、中村キース・ヘリング美術館(山梨)、タワー49ギャラリー(ニューヨーク)、藤沢市アートスペース(神奈川)などで個展を開催。著書に『アゲインスト・リテラシー―グラフィティ文化論』(LIXIL出版)ほか多数。


大山エンリコイサム展 夜光雲

2020年12月14日(月)〜2021年1月23日(土)

*休場:12月17日(木)、24日(木)、28日(月)、1月7日(木) 年末年始〔12月30日(水)~1月4日(月)〕

11:00~18:00 *入場は閉場の30分前まで

神奈川県民ホールギャラリー

料金:一般800円 学生・65歳以上500円 高校生以下無料

*障害者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名は無料

*KAAT EXHIBITION 「冨安由真展|漂泊する幻影」の有料チケット半券をお持ちの方は100円引きとなります。

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