愛と哀しみの傑作(マスターピース)セルゲイ・ラフマニノフ 「交響曲第1番」

セルゲイ・ラフマニノフ

「交響曲第1番」

 1895年8月、モスクワ音楽院出身の新進作曲家セルゲイ・ラフマニノフは交響曲第1番を完成させます。自筆の初稿譜には、トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の巻頭に書かれていた「復讐は我にあり、我これを報いん」という新訳聖書の一節と「A.L.に」というイニシャルが記されていました。「アンナ・カレーニナ」は政府高官カレーニンの妻アンナと若き将校ヴロンスキーとの不倫を描いた作品で、前記の一節は「人は悪に対して悪で報いてはならない。悪を行った者に対する復讐は神が行う」という意味です。

 被献呈者の「A.L.」は、先輩作曲家ピュートル・ロディジェンスキーのロマ人(ジプシー)の血を引く妻アンナだといわれています。大きな瞳と唇が魅力的なエキゾチックな女性でした。当時ラフマニノフは毎晩のようにアンナから呼び出され、夜中過ぎまで時間を共にしていたのです。

 1897年3月、交響曲第1番はペテルブルグにて、アレクサンドル・グラズノフ*1指揮により初演されます。しかし、グラズノフは作品の一部をカットし、オーケストレーションを改竄(かいざん)したのです。彼は明らかにやる気がなく、演奏はテンポすら安定しない惨めなものとなりました。この時、グラズノフは酔っ払っていたとの証言もあります。ラフマニノフは演奏が終わると一目散に会場を飛び出し、怒りと失望を抱えペテルブルグの夜をあてもなくさまようのでした。ロシア5人組*2の作曲家セザール・キュイは「地獄の音楽院の優等生の作品」と酷評しました。これには、モスクワ楽派とペテルブルグ楽派との対立が影響していたともいわれています。

 この失敗により神経衰弱となったラフマニノフは、背中や両手両足にひどい痛みを感じるようになり、その後3年にわたり新作を発表することができませんでした。初稿譜に書いた言葉のとおり、ラフマニノフは不倫の罪を神によって罰せられたのかもしれません。

*1:ロシアの作曲家、音楽教師、指揮者。代表作はバレエ音楽「ライモンダ」。

*2:19世紀後半のロシアで民族主義的な芸術音楽を志向した作曲家集団。


セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ

Sergei Vasil'evich Rachmanino (1873-1943)

ロシア帝国出身のロマン派音楽を代表する作曲家、ピアニスト、指揮者。ロシア革命後はヨーロッパとアメリカを中心に活動。代表作は合唱交響曲「鐘」、「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」、「ヴォカリーズ」など。


イラスト:遠藤裕喜奈

kanagawa ARTS PRESS

神奈川芸術プレス WEB版