テリー・ライリー (作曲家)/ デイヴィッド・ハリントン クロノス・クァルテット(芸術監督 & ヴァイオリン)

宇宙にこだますテリー・ライリーの地球讃歌
「サン・リングズ」

クロノス・クァルテット、来日公演に代えて

テリー・ライリー「サン・リングズ」スペシャル・セッション&トーク

神奈川県立音楽堂


 この秋に予定されていたクロノス・クァルテットの17年振りの日本公演がコロナ禍のために中止となった。残念だ。

 音楽ジャンル、人種や文化などあらゆるボーダーを超えたクロノスの活動の幅広さ、先鋭性は他に類がない。いろんな意味で世界最強の弦楽四重奏団と言っていい。そんな彼らの現時点での最新アルバムは、90分にも及ぶテリー・ライリーの作品を収めた「サン・リングズ」だが、今回の日本公演では神奈川県立音楽堂のみでこの大曲が披露されることになっていた。そこでこの機会に、テリー・ライリーおよびクロノスのリーダーのデイヴィッド・ハリントンによる公演中止決定前の肉声を紹介しておきたい。コロナ禍収束後の仕切り直し公演に期待しつつ。

クロノスとライリー、運命的な出会い

―クロノスはテリー・ライリーと長年、最も親密かつ重要な協同関係を築いてきました。の出会いは78年でしたよね。 

ハリントン そうです。場所はここサンフランシスコでした。もちろん私はすでに、「In C」や「A Rainbow in Curved Air」といった彼の代表作を聴いており、強い関心を持っていました。そしてある日、クロノスのリハーサル会場にテリーが入ってきて、前列に座ったのです。会った瞬間に私は彼を“クロノスの作曲家”だと感じました。私はそういう勘を信じる人間なんです。すぐに、クロノスのための曲を書いてほしいと彼に頼みました。

―でもあの当時は、テリーは作曲活動はしてなかったでしょう?

ハリントン その通り。テリーはもっぱら即興演奏を行い、曲を作るにしても譜面は書いていませんでした。一方のクロノスは、即興演奏に関してはまったくの未経験で、楽譜に書かれた音符をひとつひとつ読み、演奏していました。

―しかしあなたたちは無二のコラボレイターになっていった。

ハリントン 振り返れば、テリーとの関係は、厳しくも、本当に素晴らしいものでした。彼から学んだことは数知れません。彼は我々にたくさんの素晴らしい音楽家を紹介してくれました。ジョン・ハッセル他、名前を挙げだしたらきりがありません。逆に私たちもローリー・アンダーソンをはじめ多くの音楽家にテリーを紹介しました。何か素晴らしいものを発見すれば、それを友と分かち合いたいと考えるものです。私見ですが、クロノスにとってテリーの作品はいくつあっても多すぎることはありません。実は今も、テリーと新作にとりかかっているんです。

ライリー クロノスとの出会いは私にとって、弦楽四重奏との再会でもありました。彼らとは個人的に友人になり、共演者となり、弦楽四重奏という形態に焦点を合わせた音楽作りを、多くの意見交換を経ながら続けることができました。作曲家にとって、演奏家とここまで徹底的に対話し、強い絆を持ちながら楽曲を作る機会はそうそうあるものではありません。クロノスは私にとって、クラシックを基盤とするグループとしては最も長期にわたる、そして最も実り豊かなコラボレイターと言えます。

 ライリーは60年代初頭の学生時代にバルトークに魅せられ、弦楽四重奏曲を書いたこともあったが、60年代後半からはテープ・ループ・システムを用いたオルガンの即興演奏で独自のミニマル・ミュージックを作り上げてゆき、さらに70年代には、インド人声楽家パンディット・プラン・ナートの下でのインド古典音楽研究を経て、楽譜をほとんど用いない作曲家/演奏家となっていった。彼はあるインタヴューで70年代を振り返り、「私は音楽を、紙と鉛筆が全く関与しない、自然発生的な音のできごととしてとらえていた」と語っている。だから、79年にハリントンから新曲を委嘱された時も、ライリーは最初、楽譜に書かれた部分と非記譜の即興部分を合わせた作品を提案したのだが、ハリントンが完全な楽譜を要求したため、十数年ぶりに記譜作品を書かざるをえなかった。そしてそれはライリーにとって、作曲家としての新たな手法確立のきっかけになったのである。一方、その後の両者のコラボレイションの中でライリーが要求した、純正調での調律やノン・ヴィブラート奏法など通常のクラシック音楽ではほとんど用いない技法は、クロノスの音楽的視野と表現の幅を広げることとなった。


宇宙讃歌から人間讃歌へ

―神奈川県立音楽堂で演奏される「サン・リングズ」は、元々はNASA(アメリカ航空宇宙局)からの提案がきっかけで生まれた曲なんですよね。

ハリントン そうです。NASAがボイジャー計画(太陽系の外惑星および太陽系外の探査計画)をスタートさせ、無人宇宙探査機ボイジャー1号を打ち上げたのは1977年ですが、その25周年を記念する楽曲でコンサートを開けないか? という打診を受けたのが2000年でした。しかも、NASAが採集した“宇宙の音“(電子プラズマの振動音や電磁波によるドーン・コーラスなど)を楽曲の中に組み込んでほしいという。私は、そのアイデアに応えられるのはテリーしかいないとすぐに確信し、彼に連絡しました。

ライリー 二人でスペースシャトルの打ち上げを見学したり、例の”宇宙の音“を聴いたりしてモティヴェイションを高めた後、2001年8月から作曲にとりかりました。ところが9月11日に……。

―ニューヨークのテロ事件が起こった。 

ライリー 私は途方に暮れ、書けなくなってしまいました。人々の間に極端な偽の愛国心が沸き上がり、国全体がとても不穏な気分に覆われました。

ハリントン そんな頃、テリーの作曲作業の再開のきっかけになったのが、作家のアリス・ウォーカーによる詩の朗読をラジオで聴いたことだったんです。

ライリー そう、その朗読の中にあった“one earth...one people...one love”というマントラのような文言を聴いた時、私は、宇宙探査というよりも、理解と思いやりをテーマにした作品にしたいと思ったんです。自分たちの文化を宇宙に持ち出す前に、人間がどのように成長していかなければならないか、というメッセージを込めたかった。そこで、クロノスの演奏と宇宙音に加え、人間的要素を反映する聖歌隊を加えることにしたんです。

―宇宙讃歌から人間讃歌、地球讃歌に変わったわけですね。

ハリントン だからこそなおさら、異なる文化背景を持った日本の合唱団と共にこの曲を横浜で演奏できることが嬉しいんです。合唱はここではとても大きな、難しい役割を果たします。合唱団員のひとりひとりに、自分がどこにいるのかを忘れてほしい。合唱が加わる曲はまさに祈りの核の部分ですが、その祈りは各人がどのような信念を持っているのかによって変わってきます。神への祈りかもしれないし、未来への希望、あるいは先祖や子孫への語りかけかもしれない。いずれにせよ、この合唱は人間性、人類全体を体現するものだと思っています。確か、テリーのスコアには「自分の欲するところをうたい上げよ(Chant your desire)」と書かれていました。それが意味するところは、歌い手各人があたかもラジオ局のような存在、人間性を伝える発信機となるようなイメージです。

ライリー コンサートでは合唱や宇宙音の他にNASAが記録した宇宙の映像も使われます。「サン・リングズ」はクロノスと私による数多くのコラボレイション作品の中でも、最も濃密で野心的な作品になったと思います。 [2020年2月13日 サンフランシスコにて取材]


取材・文・撮影:松山晋也


テリー・ライリー Terry Riley

1935年カリフォルニア州生まれ、アメリカを代表する作曲家の一人。サンフランシスコ州立大学と音楽学校を卒業後、インド古典声楽の巨匠パンディット・プラン・ナートに師事、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスらの同時代の作曲家たちやクロノス・クァルテットなど優れた演奏家たちと交流しながら、即興演奏とミニマリズムを基調とした独自の音楽を作曲・演奏など多方面で活動を続け、ジャンルや世代を越えたアーティストたちに多大な影響を与えている。


デイヴィッド・ハリントン(クロノス・クァルテット

David Harrington(KRONOS QUARTET

クロノス・クァルテット芸術監督/ヴァイオリン。1973年に結成されたクロノス・クァルテットは、弦楽四重奏団としての可能性を追求する活動を行い、現在では世界で最も有名で影響力のある団体の一つ。アルバムリリースは60をこえ、様々なジャンルのアーティストたちと1000を超える弦楽四重奏のレパートリーの創作、演奏、録音を行っている。


クロノス・クァルテット

テリー・ライリー「サン・リングズ」 スペシャル・セッション&トーク

2020年10月3日(土) 17:00 神奈川県立音楽堂

映像出演:クロノス・クァルテット 合唱団やえ山組(予定)

トーク出演:松山晋也(音楽評論家) 田中 泰(日本クラシックソムリエ協会理事長)

全席自由2000円

※本イベントは、クロノス・クァルテット来日公演の中止に伴い、内容を変更して実施する企画です。詳細は音楽堂HPや、ヴィルトゥオーゾ・シリーズHP ongakudo-classic.com をご確認ください。


Photo(上から)

撮影:松山晋也

撮影:松山晋也

クロノス・クァルテット「サン・リングズ」 ©Wojciech Wandzel

撮影:松山晋也


▼<サン・リングズ>より"Beebopterismo"

▼<サン・リングズ>より"One Earth, One People, One Love"


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