公演の舞台裏 ―アクション編
前田 悟

舞台作品の上演を、確かな技術と豊富な経験から得た知識で支えるプロ中のプロ。そんな舞台スタッフの仕事を深掘りする本コーナー。今回はKAAT芸術監督である長塚圭史演出のミュージカル『夜の女たち』や『花と龍』で、アクションを手がけられた前田悟さんをお迎えします。舞台と演者の身体をあらゆる角度から結ぶ仕事、そのこだわりとは?

聞き手・文 : 尾上そら
写真 : 大野隆介(*を除く)

―現在はアクション指導、殺陣師としてご活躍ですが、前田さんはかなり異色の経歴をおもちですよね。

そもそも小学生の頃にはすでに、「アクションの仕事をしたい」と思っていたんです。もちろん当時は、ヒーローものなどを観ての憧れでした。中学卒業次第プロをめざそうと思っていたのですが、親に「高校だけは出てくれ」と言われまして(笑)。高校の部活も「アクションに役立つもの」と考え、結構強かった少林寺拳法部に入りました。部活の先輩がキャラクターショー(イベントや遊園地などでアニメや特撮物のキャラクターの着ぐるみを着た俳優が行うショー)のバイトをしていて、自分も誘ってもらったんです。そのバイトからの流れが、今の仕事につながっている感じです。

―自衛隊にもいらしたと伺っています。

はい、18~20歳まで所属していました。「高校を卒業したら家を出る」と決め、親からお金を借りずに自立でき、身体もなまらない仕事……と考えて選びました。オートバイに乗る偵察部隊に配属されたんですが、各部隊の数パーセントはレンジャー訓練を受けないといけない決まりになっていて。レンジャーの訓練は格別厳しいので、声をかけられた最初はお断りしたんですが、結局「何かの役に立つのでは」と受けることにしまして。ロープ訓練などが忍者の仕事で役に立ったのと、オートバイ部隊だったので中型免許は自衛隊で取らせてもらいました(笑)。

前田さん

―除隊後はすぐに舞台に復帰されたんですか?

いえ、高齢者専門の病院で入浴介助などする雑務員として就職しました。「キャラクターショーのバイトは続けます。夏休みは40日くらいいただきます」という条件つきで3年間いて。その後、上京してキャラクターショー専門の事務所から仕事をいただいて、映像作品にも出演させていただくようになりました。

―専門的に学ぶというより、現場で実践しながらアクションを身につけたのですね。

現場での経験のみです。「教えてもらう」という発想もあまりなかったんですよね。おこがましいことですが。今は、劇団☆新感線の俳優・こぐれ修さんが主宰する発声教室の授業の一環で、アクションを教える機会もいただいているんですが、結果、自分がいかに先生気質でないかに気づかされました(笑)。

―ですが、年齢も経験値も、身体能力の高低も違う方々にアクションを「指導」される仕事ですよね?

そうですね。指導者としては資質も努力も足りていませんし、毎回苦労はしていますが、相手の方の人柄に助けられているところが大きいと思います。アクションをつける時は、身体が利くかどうかより「芝居(演技)ができるかどうか」の方が、自分にとっては大事なんです。例えば、相手の持っている物を奪うシーン。「どういう気持ちで取るのか」「取られた時にどんな反応をするか」「どうやって奪い返すか」というアクションとリアクション、反応のし合いで動きを組み立てていくんです。役の内面をつくっておかないと、そういう動きのやり取りもできず、立ち回りにならなかったりするので。

―なるほど。確かにアクションには必ず相手が必要です。

ダンス作品やミュージカルの制作現場に呼んでいただくことがありますが、そういう作品では身体性が高いうえ、俳優としての素養もある方が多いので圧倒されることも多々あります。「自分、役に立っているのかなあ」と。あ、でも『花と龍』では多少は役に立てたのではないかと思っています(笑)。

前田さんがアクションを手がけた『花と龍』公演写真 *写真 : 宮川舞子

―船型の秘密基地のような舞台セットが回転するという、とても挑戦的な劇空間を縦横無尽に走り回る俳優陣が魅力的でした。

ゴンゾという、港で船の荷物を上げ下ろしする荒くれの労働者やヤクザ者が登場人物の中心にある作品。ケンカや組同士の抗争など集団で動くシーンが多かったのが、難しさでもありやりがいでもありました。さっきお話ししたアクション・リアクションはもちろん、大勢で証書を奪い合う場面などもあり、群衆のなかで紙一枚に観客の目がいかにいくように扱うかなども、考えどころではありました。

―『花と龍』のアクションをつくる際に、ポイントになったのはどんなことでしょう。

一番最初、まず稽古を見せていただくためだけに現場に入った時、ちょうどゴンゾたちが木炭の荷揚げをする場面をやっていたんです。それを見て、「もっと重さを感じた身体でいた方がよいのでは?」と提案させていただいたのが始まりで、結果大事なことだったと思っています。

一日中重いものを上げ下ろしする仕事のプロですから、その動きにはコツがあるはず。でないとけがをしたり、足腰をすぐに痛めてしまいます。高齢者をベッドから起こしたり運んだりする時も、腰から上だけかがんで持ち上げると負担が大きいので、ベッドの高さまで一旦かがんで足で持ち上げると負担が少なくなる。持ち上げる時に、ちょっと反動をつけるとか。そういうことがリアルな動きにつながると思うんです。

―作・演出家 : 長塚圭史さんと創作をともにする醍醐味、面白さはどんなところですか?

長塚さんは劇団阿佐ヶ谷スパイダースでも時代劇や西部劇など、現代から遡った時代が舞台だったり、特定の時代を想像させる作品をつくられますよね? あの空気感が自分はとても好きなんです。KAATで自分が参加させてもらったのも、戦後すぐの大阪が舞台の『夜の女たち』と、明治から大正へと日本が大きく変わる時代を背景にした『花と龍』。自分が生まれ育ち、実感をもっている活気のあった昭和にも通じるエネルギッシュな時代感を、アクションを通じて舞台上に立ち上げられることが醍醐味だと感じています。もっと飛躍を大きくした、時代劇もまたご一緒できたらいいですね。

ミュージカル『夜の女たち』公演写真 *写真 : 細野晋司

―時代劇と現代劇では、アクションの指導の仕方に明確な違いはあるのでしょうか。

どんな武器や状況で戦うか、どんな衣裳で動くかなど具体的な条件によって提案する動きが変わるので、ジャンルによる指導の変化はあまりないと自分は思っています。

―お話を伺いながら、演出家や振付家、作品と出会い、そこでのオーダーから学んだり吸収することで前田さんの仕事と技術は進化・深化していくのだと感じました。

自分自身が「上手くなりたい」という想いは常にあります。殺陣師、アクション指導者としても演者としても。でも、どちらもなかなか思うとおりにはなりません。動けない身体にはならないよう、鍛えることだけは続けていますが。

―前田さんが考える、アクション指導に必要な資質はどんなものでしょうか。

……難しいですね、体系的にアクションを学んだわけではないもので。でもやはり大切なのは「人」でしょうか。基本、人が好きなんです、稽古のあとに飲みに行ったりとかも楽しいし(笑)。作品をつくりながら、相手を尊敬できる瞬間があれば言うことはないですし、自分も相手の方に信頼してもらって、安全でカッコよく、なおかつリアルに見えるアクションを一緒につくれたら最高だと思っています。

木刀とトレーニングの道具

アクション

前田 悟[まえだ・さとる]


1995年『忠臣蔵ブートレッグ』以降14年にわたり劇団☆新感線のほぼ全作品に出演。舞台出演にとどまらずアクション指導として数多くの作品に参加するなど幅広く活躍。KAATにて2022年『夜の女たち』、2025年『花と龍』(いずれも長塚圭史演出)でアクション指導。

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