2025年下半期の神奈川県内では、作家性が強く印象づけられる展覧会からなじみのある風景を題材にした個展、私的な経験をもとに壮大な世界を表現するインスタレーションまで、様々な美術展が開催されました。
文 : 南島 興(批評家)
この夏、来場者数でいえば大変な成功を収めた展覧会は、作家自身が表立つことに極めて控えめな佐藤雅彦の個展でした。「別のルールで物を作ろうと考えている」という佐藤の言葉をもとに、電通時代の広告業からピタゴラスイッチの発案、そして大学での教育活動までをたどりながら、その裏に走るルールの正体が明らかにされていました。しかしまずは作家名ではなく、ルールが表に立つこと、それ自体が佐藤が自らに課した最大のルールだと受け取るべきなのでしょう。
また同会場で同じく現代の表現を扱った「横浜トリエンナーレ」が世界の観客に向けてアナーキズムをも思わせる政治性を包み隠さず表明していたとすれば、あくまでも国内の老若男女を対象とし政治性から最も離れたところにある創作物を、それもまた現代を代表する芸術であるとして見せることは横浜美術館らしい企画展の幅の広さを示していました。
佐藤がルールなら、空間から世界を見るのが、平塚市美術館で個展を開催した原良介です。原の作品にはイメージと余白や図と地を等価に扱い、物理的なものの大小を入れ替えたりすることによって生まれる独特な空間性があります。本展では展示壁の一部を絵画の余白として見せたり、展示室に配された磁器作品が周囲の空間を借景とすることで、この特徴が展示空間全体へと拡張されていました。つまり原にとっての空間認識は作品の素材や絵画、磁器といったジャンルの違いを軽々と超えてしまうということです。ひときわ大きな存在感を放つ『金目海岸』は個別の作品と展示空間の両方のスケールを行き来する原の柔軟性を再び、絵画に落とし込んでみせる異色の一点だったといえるでしょう。
作家には原にとっての平塚市内のようになじみのある風景を題材にする人もいれば、その真逆の人もいます。大小島真木+辻陽介のユニットである大小島真木は異国メキシコでの出産という実体験をもとにKAATの劇場空間に巨大なインスタレーションを出現させました。大地や森というある土地や国の固有性に結びつけられやすいモチーフを扱いながらも、壁画やオブジェには異種混淆(こんこう)の感覚が漂います。それは大小島がメキシコにとどまらず、諏訪(すわ)やインドなど各地で制作してきたことの賜物かもしれません。
異質な経験という意味では、2025年6月にオープンしたArt Center NEWの「NEW PLATFORM」はアジアのアートコレクティブとオルタナティブスペースが集うフェアが突如、新高島駅の地下に出現するという企画で、こういう不思議な出合いの場所こそ、横浜らしいと感じました。
佐藤雅彦の控え目な態度はルールであり、表現者としていかに振る舞うべきかという創作の倫理と呼べるものでもあるでしょう。建築家の山本理顕が設計した横須賀美術館での個展は、図面、模型、写真、解説といった建築展としては極めて古典的な展示手法がとられていました。予算の制約があるにしても、これは山本のオーソドックスさを尊重する態度として受け取るべきだと思いました。時にそれが過去の形式を重んじるという意味で権威的に見えたとしても、人に届けるための作法=ルールを律儀に守ろうとする、山本の建築家としての倫理を確かに感じる展覧会でした。

横浜美術館リニューアルオープン記念展
「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」
誰もが知る、知られざる「表現者/教育者」の佐藤雅彦による世界初個展。「ピタゴラ装置」の実機展示なども織り交ぜて、初期の広告の仕事から近年の教育活動までを一望する内容で、大変なにぎわいを見せていました。最も見せたいのはタイトルどおり、その創作の裏にある創作のルールでした。自分が知らないものをつくるための方法の発明家が佐藤雅彦なのです。本展を通じて鑑賞者は創作の楽しさとともに、自分が創作するための物差しをいくつも手に入れたことでしょう。
会場 | 横浜美術館
日程 | 2025年6月28日〜11月3日
主催 | 横浜美術館、TOPICS

「原良介 サギ子とフナ子 光のそばで」
平塚出身の原良介が長年取り組んできた絵画と立体を中心に紹介する個展。その作品は表題のサギやフナ、また身近な風景や生物などの素朴で親しみやすいモチーフと、油絵具にもかかわらず下地を塗らないことで生まれる、透き通った色彩が特徴です。近年のアーティスト・イン・レジデンスやアートプロジェクトの成果を含めて、デビュー作から近作までに通じる、原なりの空間が作品という単位を超えて、展覧会というメディアでも存分に発揮された展覧会といえます。
会場 | 平塚市美術館
日程 | 2025年6月14日~9月15日
主催 | 平塚市美術館

「大小島真木展 |
あなたの胞衣(えな)はどこに埋まっていますか?」
メキシコでの出産を経た大小島真木(大小島真木+辻陽介)が胞衣(胎児を包む羊膜と胎盤)というシンボルをもとに制作したインスタレーション展。暗闇の会場には世界各地で収録した音声が流れ、大きな壁画とメキシコの土着的な習俗を思わせる人形やテント、大樹のモニュメントが点在していました。私的な経験と生命の起源のような壮大な出来事を重ねるのは芸術家らしい想像力に映りますが、それは本来、あらゆる人間に備わった能力だと思えてくる展示でもありました。
会場 | KAAT神奈川芸術劇場
日程 | 2025年9月21日~10月19日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場

画像提供 : 横須賀美術館
「山本理顕展 コミュニティーと建築」
建築家・山本理顕の設計した横須賀美術館での個展。主に模型、図面、写真、解説を使って住宅から大規模な公共建築までの幅広い山本の活動を、自身の参照してきた哲学者などの言葉を導き手にして紹介する構成。あえて中心を見いだすとすれば、チューリッヒ国際空港の複合商業施設ザ・サークルと地域社会圏の構想模型でしょうか。これらの展示を通して、森を背にして東京湾に面した海岸の地形に合わせた横須賀美術館の設計思想を、その場で再発見できるぜいたくな展覧会でした。
会場 | 横須賀美術館
日程 | 2025年7月19日〜11月3日
主催 | 横須賀美術館、一般社団法人地域社会圏研究所
