劇場留学~『モモ』と時間の旅~ モモ

26人の公募出演者とプロの俳優やダンサーがともに熱演した「劇場留学~『モモ』と時間の旅~」。2025年3月に小田原三の丸ホールで上演された本舞台は、“劇場留学”と名づけられたプロジェクトの一環で、今回はその第2弾。市民、アーティスト、劇場が協働し、20回ほどの稽古を経て、3日間の本番を迎えました。公募には、小田原市民を中心に6歳〜84歳までの様々な年齢の人々が参加し、観客もまた幅広い年齢層が集う舞台に。出演・観客ともに約半分は小学生〜中学生くらいの子どもたち。脚本・演出・美術を手がけた川口智子さんに制作過程や「子どもが劇場で出会うもの」について聞きました。

聞き手・文 : 編集部
公演写真 : ムービー&フォトスタジオ Every Moment

原作 : ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 岩波書店刊『モモ』
copyright ©︎Michael Ende Estate(www.michaelende.de),
represented by AVA international GmbH,Germany(www.ava-international.de)
脚本・演出・美術 : 川口智子
振付 : 木原浩太
照明 : 横原由祐
出演 : 李そじん、埜本幸良、木原浩太、公募出演者
日程 : 3月28日〜30日
会場 : 小田原三の丸ホール 小ホール
主催 : 市民ホール文化事業実行委員会・小田原市

REPORT

2023年から小田原三の丸ホールで始まった「劇場留学」は、劇場でいろいろな人に出会い、“ちょっと特別”な体験をする公募参加型のプログラムです。今回は、振付家・ダンサーの木原浩太さん、俳優の李そじんさん、埜本幸良さんを迎え、プロとともにミヒャエル・エンデの児童文学『モモ』を題材とした舞台を半年間にわたってつくり上げるという、劇場作品を創作する過程にフォーカスした劇場留学となりました。

『モモ』は、廃墟と化した円形劇場に住み着いたモモという子ども、そのモモの大事な友だちとなっていく個性豊かなまちの人たち、そして人々から時間を盗む灰色の男たちが繰り広げる物語です。本舞台は、そんな物語の登場人物たちの魅力と、役を生き生きと演じる出演者一人ひとりの姿が見事に重なる活気あるものでした。

四方を観客が取り囲む舞台に、茶色いトランクを持った二人が登場。二人がトランクから出した一枚の大きな布に光を当てると、そこに劇場やまちの様々な建物が影絵で浮かび上がり、『モモ』のプロローグ部分の語りが始まります。そこから展開される、原作の世界観を浮かび上がらせるような演出は、まるで新しい読書体験のよう。『モモ』は52年前に書かれたものですが、時間の豊かさを失ってしまうというテーマは現代に通じ、今、その語りをあらためて受け止めたい作品でした。

インタビュー
川口智子

写真 : 大野隆介

―『モモ』を題材にしたのはなぜですか?

『モモ』は子どもには難しいのではないかと言われることもありましたが、きちんと一緒に紐解いていければ大丈夫だろうと思っていました。むしろ、エンデ作品は読み進めるうちに、読み手自身が物語に登場する舞台のように設計されていて、それは子どものほうが上手に体験できるのではないかと。社会的なテーマがわかるかどうかではなく、「そこに人間がいて、その人がこれを言っている」ということを、子どもたちは素直に理解していくんです。

『モモ』の上演のなかで驚いたのは、お話好きのジジが“魔法の鏡の物語”を話すシーンで、観客の小さな子どもたちの集中力がぐっと高まっていたこと。お話のなかのお話にすっと入っていく姿が面白いなと思いました。

私は劇場だからこそ子どもたちに出会ってほしいものがあります。それは、日常と実はすごくつながっているけれど、現実の世界ではみえにくいもの。『モモ』がテーマにしている「時間」は、生活のなかで常に意識していたら日常が成り立たなくなっちゃうけれど、劇場だったら時間をかけてその話をすることができる。だから、私は出演してくれるみんなと、今、『モモ』の話がしたい。そしてそれを地域の方々に見てもらいたいと思いました。

―今回、幅広い年齢層の出演者一人ひとりが、生き生きと舞台に立っている姿に魅了されました。稽古はどのように進められましたか?

稽古は作品を完成させるためだけのものではなく、その時間そのものが出演者にとって豊かなものであってほしいと思っています。そんな時、子どもたちはある意味、演出家にとても厳しいんです(笑)。大人はとりあえずつき合ってやろうという気持ちがあるけれど、子どもは途中でつまらなくなったら思ったままの反応をしますから。一方で、子どもたちはすごく優しくもある。こちらがやりたいことを提案した時に、まず乗ってくれるのは彼ら。それに対して、私もすかさず反応する。そういったやりとりを重ねていくことで、稽古という居場所がどんどん楽しくなって、お芝居が生き生きとしてくる。

ただ、そういう環境にするためには、稽古場が「安心できる場所」であることが大事です。これまでも市民劇の演出に携わってきましたが、スケジュールの都合などで子どもと大人が稽古を別々に行うこともあります。でも今回はできるかぎり常に一緒に稽古をしました。半年という長い期間、お互いを見ながら稽古していくなかで、年齢は関係ない人間同士として関われる場所にしたかった。やっていくうちに、出演者同士がお互いのいいところを見つけたり、どうすれば共演者がもっと楽しめるかを考えてくれる場所になったんですね。私たちプランナーだけでなく、参加者同士が見守り合う環境、『モモ』のまちのようになっていたと思います。


「劇場留学」第3弾の「『モモ』と音楽の旅」上演が決定!

第2弾は何度でも物語を始める、がテーマでした。第3弾は『モモ』の「作者の短いあとがき」にある「過去」でも「未来」でもあり、「今」この時に起きていることを“マジカル”に描きたいと思っています。(川口智子)

日程 : 2026年3月27日(金)~29日(日) 4回公演 
会場 : 小田原三の丸ホール 小ホール


川口智子 かわぐち・ともこ


演出家。地域のホールや自治体と協働し、劇場作品の創作・上演や、劇場・まちをテーマとしたワークショップを多数実施。近年の作品に、くにたちオペラ『あの町は今日もお祭り』(国立市)など。0歳からの「小さな劇場」や、「大人の読み聞かせ」などもシリーズで手がける。2026年1月には自身のプロデュースによる新作コンテンポラリー・パンク・オペラ『鏡の向こう見えない私の顔』の上演を準備中。劇場を第三者の文学の場所として問い直す。
公式サイト

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