KAATが開館した2011年から、14年間続いてきた「KAATキッズ・プログラム(以下、キッズ・プログラム)」。
公共ホールが担う役割として、親子向けプログラムの枠組みをつくろうとスタートし、現在は劇場のファンをつくるプログラムとしても大切な役割を担っています。
キッズ・プログラムが始まった当初から長年企画に関わってきたプロデューサーの伊藤文一さんに、親子で鑑賞できるキッズ・プログラムを続けてきた劇場としての思いや、これからの展望を聞きました。
聞き手・文 : 編集部
写真 : 菅原康太(*を除く)
第一線のアーティストと、
子どものための作品をつくる
開館当初から、作品を生みだす創造型の劇場というコンセプトを掲げてきたKAAT。親子が楽しめるキッズ・プログラムでも、舞台芸術の分野で、同時代において先鋭的な表現をしているアーティストと新作をつくってきたことで知られています。
色とりどりの演目が並ぶキッズ・プログラムの数々。これまでの思いを、プロデューサーの伊藤さんに聞きました。「キッズ・プログラムを観にきてくれる子どもたちにとっては、それが初めての劇場体験になる可能性があります。それをきっかけに舞台を嫌いになってしまうようなことなく、劇場の“魔法”を体験して、また舞台を見たいと思ってほしいのです。だから私たちが考え得る限り、第一線で活躍しているアーティストに声をかけてきました」。近年のキッズ・プログラムを手がけたアーティストには、演出家の加藤拓也さん(た組)、根本宗子さん、松井周さん、振付家では、森山開次さん、伊藤郁女さんといった、気鋭の方々の名前が並びます。

キッズ・プログラムにふれた
子どもたちが劇場のファンになる
KAATをはじめ、多くの公共劇場が子どもを対象としたプログラムに取り組んでいることは、年齢にかかわらずすべての人が舞台に親しむ環境をつくることにつながっています。キッズ・プログラムに長年携わってきた伊藤さんは、「キッズ・プログラムを小学生の時に見ていた方が、例えば5年後にキッズ・プログラム以外のKAAT公演を見に来てくれたことをアンケートで知ることもありました。劇場のお客さまになってくれているのを感じます」とふりかえります。
KAATは子どもを対象としたプログラムをつくる時、子どもたちが一番きびしい観客だと思うようにしています。つまらないと思ったら、子どもは席を立ってしまうからです。「子どもたちに70分間の舞台を見せるのは、ほんとうに難しい。ですので、必死になってあらゆる工夫を考えます。その工夫は、会場の構成、演出にも反映されています。キッズ・プログラムの会場は、舞台や客席を仮設で組むことができるKAATの大スタジオや中スタジオ。舞台と客席の境目をなくしたり、舞台を円形にしてまわりに観客が座ったり、サーカス小屋のようなテントのなかで公演をしたり——。アーティストの方でも、役者が客席に語りかけたり、クイズをしたり、ダンス公演では足踏みや身振りで参加してもらったりと、客席を巻き込む様々な仕掛けをつくってきました。そのほか、よく知られている物語を題材にすることもあります。キッズ・プログラムでは『ピノキオ』『不思議の国のアリス』『くるみ割り人形』といった誰もが聞いたことがある題材も扱ってきました。もちろんアーティストとの相談でオリジナルの戯曲を書いていただくこともありますが、題材は毎回KAATから何らかの提案をしています」。

*写真 : 宮川舞子

*写真 : 金子愛帆
2025年度のキッズ・プログラム
——SPACとの連携
毎年キッズ・プログラムは、日本各地の劇場へツアーを組んで発信していくことを大切にしてきました。その取り組みによって、全国の劇場とのネットワークが生まれています。その実績も踏まえつつ、2025年度はSPAC-静岡県舞台芸術センターとともにキッズ・プログラムを企画制作する新しい試みが始まりました。7月から8月に、上演台本・演出を大池容子さん(うさぎストライプ主宰)が担ったKAAT制作の『わたしたちをつなぐたび』と、構成・演出を寺内亜矢子さんが担ったSPAC制作の『鏡の中の鏡』の2作品を両館で同日上演しました。
最後に今後の展望を聞きました。「大きなホールでの定番作品になるような創作にも取り組んでみたいですし、今年試みた複数の劇場と組んでフェスティバル形式で上演する方法を、仲間を増やして拡大させていきたい。これからもKAATならではのキッズ・プログラムをつくっていきたいと思います」。
劇場のなかで完結しない演劇体験に
大池容子さんインタビュー
KAATキッズ・プログラム2025『わたしたちをつなぐたび』。原作となった絵本は、母と二人で暮らす少女が、自分がどこから来たか、そのルーツを動物たちとたどる物語。現代の家族の多様なすがたを、あたたかく描いた作品です。上演台本・演出を担った大池容子さんに、稽古場でお話を聞きました。

「観客としていろんな作品を見たKAATで、公演できることがうれしいです。キッズ・プログラムだからといって、ただ易しいものをつくるのではなく、子どもたちの想像力を信じて創作をしています。本作では一人の少女が、自分のルーツや求めるものを見つける旅をします。大がかりな転換をしなくても、旅の景色を想像してもらう工夫をしました」

稽古場でもまるで冒険の景色が見えてくるような迫力が!
舞台美術のモチーフとなった“椅子”は、原作者のイリーナ・ブリヌルさんが幼少期を過ごした場所が椅子の生産地として有名だったことからインスピレーションを得ているそう。家族のつながりを象徴するような椅子。いろんな場所へ冒険する“ごっこ遊び”のイメージとも結びつけながら、作品を立ち上げていきました。
「今回、意識したのは“つながり”です。家族とのつながりや、大切な人とのつながり、あるいは作品と観客をつなぐこと。演劇は作品を見ている時間だけで完結するわけではないので、劇場を出たあとに、大切な人の顔を思い浮かべてもらえるような作品になったらうれしいですね」