2024年下半期の演劇プログラムをふりかえる

公共劇場から発信される作品や「横浜国際舞台芸術ミーティング(YPAM)」での多彩なラインナップ、「マグカルシアター」での若手の取り組みなど、2024年下半期の演劇プログラムをふりかえります。

文 : 鈴木理映子(編集者・演劇ライター)

2024年秋、神奈川県民ホールの開館50 周年記念オペラとして上演された、サルヴァトーレ・シャリーノ作曲の『ローエングリン』は、ワーグナーの同名演目とは異なる作品です。病んだヒロインが発する断片的な台詞、囁き、叫び、息遣いを、いかに日本(語)版に変換し、観客に届けるか——今回の日本初演では、「翻訳上演」の範疇に収まらない膨大で緻密な取り組み(演出・美術:吉開菜央、山崎阿弥、修辞:大崎清夏)と、主演・橋本愛の好演が高く評価されました。

KAAT神奈川芸術劇場のメインシーズン(9月〜3月)の幕開けは『リア王の悲劇』。河合祥一郎の新訳、藤田俊太郎の演出は、繰り返し上演されてきた名作の隠された現代性を強く浮かび上がらせるものでした。同劇場の2024年のシーズンタイトルは『某(なにがし)』。SNSの匿名性から引き出された悪意が連鎖し、個人のあり方それ自体がネットメディアの商品として取引されるような時代に、あらためて「個/人」を見つめなおす眼差しは、人のように生活しながら、恋する女性の名を盗んでしまう猿の物語『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』にも投影されていたと思います。

毎年12月に開催される「横浜国際舞台芸術ミーティング(YPAM)」は、シンポジウムやラウンドテーブル、プレゼンテーションなどを通じて、パフォーミングアーツに携わるクリエイターや制作者の国際的なネットワークを構築する交流拠点です。会期中には、シンガポールの演出家オン・ケンセンが同地のドラァグクイーンを主演にバロックオペラの再解釈に取り組んだ『ディドーとエネアス』のほか、最前線のテクノロジーを用いたダンスやレクチャーパフォーマンスの公演、映像上映などが行われ、演劇/ダンス/美術といった従来のジャンルの枠にとどまらない表現の現在を提示しました。

同時期に開催されている無審査・公募制の「YPAMフリンジ」にも、ツアーパフォーマンス、サウンドスケープ、サーカスなどを含む多彩な作品が揃いましたが、なかでもゲイ男性のリアルな存在に迫るy/n『ゲイ・モノローグ』、(筆者は未見ですが)聾者が聴者を演じる牧原依里/聾の鳥プロダクション『聴者を演じるということ 序論』など、ともすれば安易なカテゴリに押し込めがちな「他者」への想像力の解像度を問う作品が複数ラインナップされていたのが印象的でした。

また、神奈川県が若手を対象に発表や公演の場を提供するマグカルシアターでは、新作発表だけでなく、YPAMフリンジ参加作品でもあった小野彩加・中澤陽 スペースノットブランクの『再生』(東京デスロック/2006年初演)、1999会『解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話』(趣向/2011年初演)など、先行世代の小劇場作品を再創造する取り組みに興味をそそられました。川崎市アートセンターで10月に上演された『ベッカンコおに』の初演(劇団えるむ)は1979年とさらに時代を遡ります。これまでにも様々な団体で上演を重ねた名作を、新たに音楽劇として仕立てた今公演は、優しい語り口でありつつ、今も世界中にみられる差別や対立、争いの根をしっかりと掘り下げ、見つめるものでした。こうして過去の作品が、変わらぬ魅力や新たな意味を見出され、蘇る瞬間に立ち会えるのも演劇を観続ける楽しみの一つです。

50年にわたりさまざまな公演、イベント、展示の場であった神奈川県民ホールはこの3月末に休館しました。そこでの体験を振り返り一抹の寂しさを覚える一方で、YPAMやマグカルシアターなどの企画を通して、いまだ出会えていなかった表現と(公共か民間かを問わず)そのための場所があることも目の当たりにした2024年の下半期でした。

撮影:宮川舞子

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『リア王の悲劇』

よりシェイクスピアの時代の上演台本に近いという「フォーリオ版」での新訳上演。「悪役」として知られるコーディーリアの姉たちと古い価値観を振りかざす父王との対立に触れるこのバージョンは、現代の観客の感性にも響いたことでしょう。道化役と末娘コーディーリア役を同じ俳優が担い、さらにリア王に仕える貴族の嫡子役を女性が演じるなど、慣れ親しんだ物語を「ジェンダー」を通じて再解釈する演出も特徴的でした。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場
日程 | 2024年9月16日~10月3日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場

公式サイト

撮影:細野晋司

日英国際共同制作 KAAT×Vanishing Point『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』

KAAT神奈川芸術劇場が「カイハツ」プロジェクトとして、英国の劇団ヴァニシング・ポイントと協働、2022年から両国を行き来しつつディスカッション、ワークショップを重ねてつくり上げた作品です。村上春樹の短編小説を原作に、日英二つの言語と洗練された身体表現で、人のように生きる猿の数奇な半生とその孤独、彼に名前を奪われた女性の孤独が交錯するさまを描きます。スモークに包まれた美しく幻想的な空間、猿役の俳優と人形遣いの巧みな演技も記憶に焼きついています。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場
日程 | 2024年11月28日~12月8日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場、国際交流基金

公式サイト

撮影:菅原康太

y/n『ゲイ・モノローグ』

舞台上で語られるのは、日本に生きるゲイ男性の半生とその生活、心情。それはまるで、語っている「本人」の物語のように感じられますが、劇中の男性は「カミングアウトしていない」設定です。この演劇ならではの意図的矛盾は、マジョリティには見えにくく、聞こえづらい(あるいは雑なカテゴライズしかできていない)当事者の姿、声を届けつつ、それがいまだ不十分だという現実をも突きつけていたように思います。終演後の質疑応答の時間も含め、意義深い問題提起、議論を促す公演でした。


会場 | STスポット
日程 | 2024年12月13日~16日
主催 | y/n

公式サイト

 ©関口淳吉

しんゆりシアター音楽劇『ベッカンコおに』

盲目の少女・ゆきとおかしな顔の「ベッカンコおに」。人々に蔑まれる孤独な二人の出会いと交流、その顛末が、平明な語り口、豊かな歌や踊りを交えて描かれます。美しいメロディーで繰り返される「おにっていったいなんだろう」とのフレーズは、現在進行中の戦争や虐殺の根源を鋭く問うものでもありました。鬼を演じる善竹大二郎のキュートさも、悲しくも厳しい終幕をいっそう強く印象づけました。


会場 | 川崎市アートセンター小劇場
日程 | 2024年10月5日~13日
主催 | 川崎市アートセンター

公式サイト

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