毎年11月〜12月に行われる「横浜国際舞台芸術ミーティング(YPAM)」が、2025年も横浜で開催されました。
そのメイン会場の一つでもあるKAATの主催公演、新たな形式を導入したYPAMディレクション、そして神奈川県内の公演を公募制で紹介するYPAMフリンジのプログラムから、現代の演劇シーンをふりかえります。
文 : 山﨑健太(批評家・ドラマトゥルク)
シーズンタイトルとして「虹~RAINBOW~」を掲げたKAATの2025年度メインシーズンはKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』で幕を開けました。セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』で描かれた虚実の狭間を生きる男の物語をケラリーノ・サンドロヴィッチがリメイクしたこの作品では、大倉孝二が自らをドン・キホーテと思い込む役者を演じます。大いに笑っているうちに浮かび上がってくるのは現実そのもののナンセンスさにほかなりません。分断と戦争が気づけば「向こう側」の話ではなくなっている。そんな空恐ろしさも感じさせる作品でした。
「虹」が象徴する多様性や異なる文化・人との架橋を模索し実現する場として長年にわたって重要な役割を果たしているのが、KAATもメイン会場の一つとなっているYPAMです。2025年も国内外の多くの舞台芸術関係者が集いました。
上演プログラムの軸となるYPAMディレクションは今回から形式を刷新し、実験的なプロジェクトのプレゼンテーションとディスカッションから成るフォーラムへ。アユ・プルマタ・サリ × ハシマ・ハリス『Batu』をはじめとするインドネシア・シンガポール・台湾・タイ・ベルギー・日本拠点のアーティストのプレゼンテーションは、ジェンダーやセクシュアリティ、身体の集合的/個的なあり方などをテーマに展開しました。単に作品を上演するだけでなく、時間と空間を共有し、思考と対話を積み重ねるための場をつくりだせることは現代における舞台芸術の大きな意義の一つです。
ここからは公募制で国内外から多くのアーティストが参加するYPAMフリンジで上演されたプログラムを紹介。かもめマシーン『南京プロジェクトvol.6』と鳥公園『泳ぐ彼女は果てを見ている(リーディング公演)』はそれぞれ、南京大虐殺と「からゆきさん」(東南アジア等に渡って娼館で働いた日本人女性)についての長期にわたるリサーチの成果として上演されました。共通しているのはどのように加害や差別などの負の歴史を引き受け、現在に接続できるのかという問いです。一方、趣向『わたしの隣人』は台湾にルーツをもつ劇作家オノマリコの視点から「隣人」としての「日本人」を問い直しました。
果てとチーク『だくだくと、』とgirls『Which Witch』(『MAMA』と連続上演)はどちらも魔女狩りを一つのモチーフに、排外主義やフェミニズムへのバックラッシュが強まる社会への抵抗を試みます。若い世代のこのような取り組みには頼もしさを感じつつ、上の世代としての責任も考えざるを得ません。
横浜市内の様々な場所が会場になっているのもYPAMフリンジの特徴です。南区には新たなスペースとしてザ・シティイがオープン。プレオープン期間の9月には劇作家の石神夏希と演出家・ 中野成樹によるトーク「まち(で(に(を(は演劇にまつわるおはなし会」を開催、12月には文字通りに勢いのある若手劇団として注目を集めるザジ・ズーがこけら落とし公演『ザジ・ズー現代贋作劇場』を上演しました。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『最後のドン・キホーテ
THE LAST REMAKE of Don Quixote』
ドン・キホーテを演じる役者が自らをドン・キホーテと思い込んでしまうという設定で演劇ならではの『ドン・キホーテ』リメイク。ケラリーノ・サンドロヴィッチが大倉孝二にやらせたかったというドン・キホーテ(役名としてはクリンクル)は飄々ととぼけつつ、しかしどこか寂しくもある風情がハマり役。しかし妄想が現実と通じてしまう世界を、今の私たちは果たして他人事と笑っていられるでしょうか。
会場 | KAAT神奈川芸術劇場
日程 | 2025年9月14日~10月4日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場

アユ・プルマタ・サリ×ハシマ・ハリス
『Batu』
石を意味するBatuというタイトルは東南アジアのマレー系家庭において調味料サンバルをつくるのに使うすり鉢とすりこぎの材質から。材料をすりつぶす動きは女性の身体への振り付けとなり、調理のための空間は女性同士で知恵を共有し継承する場となります。今回の上演では観客も調理に参加し、実際にサンバルが振る舞われる場面も。完成版は2026年に初演予定。
会場 | 急な坂スタジオ
日程 | 2025年12月9日
主催 | 国際交流基金、横浜国際舞台芸術ミーティング実行委員会

鳥公園
『泳ぐ彼女は果てを見ている(リーディング公演)』
からゆきさん視点の物語として構成された本作では、和田華子と稲継美保という二人の俳優が複数の世代・複数の役を演じ、加害/被害の二項対立では割り切れない生のありさまと彼女らを捕えている構造を現代と地続きのものとして描きだしました。他者からのジャッジを拒む「当事者」の言葉も印象に残っています。今回はリーディングということで小さな会場での公演でしたが、時期は未定ながら本公演も予定されているそう。
会場 | 八番館
日程 | 2025年12月11日〜12月13日
主催 | 鳥公園

ザジ・ズー
『ザジ・ズー現代贋作劇場』
ザジ・ズーの特徴の一つがその時々のメンバーによる集団創作。演劇に限らず古今東西様々な作品のパロディをコラージュした本作でも、台本を書きたいメンバーがそれぞれに短い場面を書き、それをもとに稽古をしながら全体をつくり上げていったとのこと。みんなでわいわいつくったその「空気」がそのまま上演に表れているからこそ、集団としてのザジ・ズーもその作品も、多くの人を惹きつけるのかもしれません。
会場 | ザ・シティイ
日程 | 2025年12月13日
主催 | ザジ・ズー
