公演の舞台裏 ―照明デザイナー編
久松夕香

舞台作品を支える専門家を紹介する本コーナー。今回は、2021年に渡欧し、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)をはじめヨーロッパで照明家として働く久松夕香さんにお話を伺います。日本からオランダへ。久松さんが求めるコンテンポラリーダンス作品の照明のあり方とは?

聞き手・文 : 河野桃子
写真 : 加藤 甫(*を除く)

―どのような経緯で、照明家になったのでしょう?

大学の演劇部で演出と脚本をやっていたんです。その時に大学のOBでプロの照明の方から誘われてアルバイトを始めました。照明に興味があったわけではないけれど、プロの現場で学んだことを自分のつくる芝居に活かせるんじゃないかと観察したかったんですね。

その延長で、知り合いの劇団から照明デザインを頼んでもらえるようになりました。でも就職活動ではまったく違う業種を志望していて、3次面接まで進んだのですが、その日が公演と重なってしまったんです。結果、舞台の本番へ行くことを選びました。そこで人生の舞台を選んじゃったんですね。気がついたら照明しかなくなっていました。

―元々お仕事にしたいと思っていたわけではないんですね。

でも照明デザインが楽しいなとはなんとなく思っていました。性に合っていたんでしょうね。クラシックバレエを習っていたので、照明のアルバイトでバレエの現場に行くと曲や次に誰が出てくるかがわかるのも楽しくて、クラシックバレエ専門の照明会社に就職しました。大きな会社だったので新卒にデザインの仕事が回ってくることはなく、照明デザインはプライベートでたまに知り合いに頼まれる程度でしたね。

その後、結婚して子どもが生まれたことをきっかけに、コンサートを専門にしている大阪の照明会社に転職しました。コンサートに興味があったわけではないですが、照明のあらゆる職域のなかで、自分の苦手な領域があることが嫌だったんです。ちょうどその頃から、知り合いの劇団さんなどがちゃんと会社を通してデザインを依頼してくださることが増えてきて、仕事としても趣味としてもデザインをするようになりました。

―現在ではオランダで照明デザイナーをされています。なぜ海外へ?

高校卒業までカナダに住んでいたこともあって、少し日本が窮屈だなとも感じていました。でもきっかけは、キャリアを重ねていくなかで、ヨーロッパの照明家の作品への関わり方が自分の理想に近いと知ったからです。

というのも、学生の時はメンバー全員がずっと稽古場にいるので、作品のことを理解してから照明デザインができる。それがプロになると、照明家は途中から稽古に参加して、どんな照明にするかは後半の通し稽古を見てから決めることが多いんです。さらにデザイナーではなくオペレーターとして参加する場合には、作品のことがわかっていなくても操作ができてしまう。そう気づいて、「やっぱり作品を理解して取りかかりたい」と思い直しました。

それからは、付き合いのあった劇団や振付家の方に「手弁当でもいいから」と伝えて稽古最初から参加させていただくようになり、試行錯誤しているうちに、たまたま神戸で日本のバレエ団によるネザーランド・ダンス・シアター(NDT)の作品を手伝うことになったんです。衝撃を受けました。「照明が作品の一部になっている。どういうつくり方をしているんだ!」って。どうもヨーロッパでは照明デザイナーは早くから稽古に参加しているらしいと知って、実際に見たいというモチベーションで文化庁の「新進芸術家海外研修制度」に応募し、NDTに行くことができました。

英語が話せることや子どもの年齢的に受験に影響しないだろうということなどが重なり、決断しやすかったなと思います。

―それが2021年ですね。研修制度は1年間ですが、その後もオランダで活動されていますね。

最初は1年で帰ってくるつもりだったんですよ。「二人の子どもたちにもいい経験になるね」と夫もこころよく送りだしてくれて、親子3人で旅立ったのですが、あまりにもオランダでの生活が楽しかったんですね。

思っていたとおり、稽古への関わり方が日本とはまったく違っていました。当たり前のように一緒に作品づくりに関わるので、その密接さがとても心地よいです。実際に理想的な作品との関わり方を実現できたし、出会った振付家や劇場といい関係が生まれてまた別の作品の照明として呼ばれて……とどんどんつながっていきました。研修が終わる頃にちょうど退職者が出たので、そのまま応募して就職し、今に至ります。計画的だったわけではなく、目の前のことを楽しんで一生懸命やっていたらここにいるので、すごく運がいいんでしょうね。

ただ、20代前半の頃から「40歳くらいにはヨーロッパのオペラハウスとかで照明デザインをしているんだろうな」とは思っていたので、どこかで今の未来を思い込んでいたのかもしれません(笑)。

―稽古期間の関わり方以外で、日本との違いを感じることはありますか?

特にオペレーターとして参加する時に、日本で一般的だと思われる仕事をすると「ものすごく準備をしてくれているんだ」と驚かれます。日本は、劇場入りしてから本番までの時間があまりないので、事前に稽古の映像を見て「ここで照明が変化するな」と覚えておく。ヨーロッパではとても喜ばれますね。

労働環境も違っていて、日本では昼公演が終わってすぐに次の劇場に移動することがありますが、オランダでは夕飯休憩を挟まないといけない。仕事というものの捉え方が違うのだなと感じます。

照明チーフを務める時に愛用しているヘッドフォン。KAATと愛知県芸術劇場で行われた『ネザーランド・ダンス・シアター(NDT 2)来日公演2025』のチラシとともに

―日本とヨーロッパそれぞれの環境でお仕事をされていて、照明家の仕事とはどんなものだと考えていますか?

役割はいくつかあって、まずは見せること。視覚的なわかりやすい効果だけでなく、“無意識”に働きかけてることが多いんです。例えば、明かりが一瞬で大きくバーンと変化すれば見ている人は興奮しますが、2分かけてゆっくり変化させる照明デザインだと、お客さんは気づかないかもしれない。けれど、その変化は見ている人の無意識にアプローチします。ダンサーや音楽をどう捉えるかによって、どういう照明がその場面や作品を成立させるか、ということを考えながらデザインしています。

―照明デザインにおいて大事にしていることは?

照明デザインは、その作品がもつべき一番正しい明かりのあり方を発掘していくような作業です。縁があって自分の目の前にやってきた作品に、あるべき姿にたどり着いてほしい。そのためのベストな照明を探り当てるために頑張る。もし完成にたどり着けるなら私じゃなくてもいいんです。作品が美しいかたちになった喜びが、何より一番ですね。

久松さんが照明を手がけ、2025年に「LIT LIGHTING DESIGN AWARDS」を受賞した作品『Codes of Conducts』(振付:Jermaine Spivey) *Photo : Rahi Rezvani

―これらのことを、二人の育児をしながら積み上げてこられたのですね。

20代だからできたんだと思うんです。26歳で一人目を産み、働きたくてたまらなくて産後5ヶ月から復帰しました。すごく頑張ったんですよ。日曜保育も朝保育も利用し、行政による会員制の子育て支援制度(ファミリーサポート)も利用し、子育て支援も利用して仕事を続けました。22時に現場が終わってから夜に子どもを迎えに行くこともありました。男性も子育てをするのは当然だと思うので、家族でハードルのない協力をお互いにしてきました。まだ若くて、体力はあるけれど責任がなかったのもよかったのかもしれません。働きやすい会社に転職もしました。キャリアを途切れさせたくないというよりも、とにかく働きたかったんです。

―舞台芸術業界で、久松さんの世代で働きながら子育てをされている方は多くないのではないかと思います。どうすれば働きやすくなるでしょうか。

男性でも女性でも、仕事をしたいなら仕事に負荷をかけないようにしたいですよね。そのためのサポートをするのは、本当は行政であるべきです。

ヨーロッパは育児先進国でワークライフバランスがよく取れていますが、ジレンマもあります。オランダでは男性も週3日は保育所に子どもを迎えに行きますが、バレエ団からは「ツアーに行ってもらわないと困る」ということもあります。法律では学校を休ませると学習機会を損なうことに対する罰金の対象になるので、私は海外出張の時にはシッターさんにお願いしています。

そんな生活のなかでも、息子が「お母さんみたいに楽しめる仕事を探したい」と言ってくれました。そう思ってもらえるなら、今の働き方でよかったなと思っています。

照明家

久松夕香[ひさまつ・ゆうか]


バレエ団「ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)」で照明チーフと照明デザイナーを務めたのち、フリーランスの照明デザイナーとして独立。2016年に日本照明家協会新人賞、2022年に同協会奨励賞を受賞。2021年に文化庁新進芸術家海外研修員として渡欧。

公式サイト

Share this
Key phrase

Latest Feature

まちと響きあう表現

日々の生活のなか、まちのなかで芸術文化と出合える...
spot_img

Recent articles

関連記事