芸術は、他者の視点という もうひとつの可能性を切り捨てない ――
英米文学研究者/上智大学外国語学部英語学科 教授
小川公代

ヴァージニア・ウルフから三島由紀夫まで、文学の領域に見る「ケア」を論じた英米文学研究者・小川公代さんの著書『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)が話題を呼んでいます。芸術活動はコロナ禍でどのような役割をもちうるのか、お話を伺いました。

聞き手・文:編集部 写真:菅原康太

─現在、様々な分野で注目を集めている「ケア」とは、どのような考え方なのでしょうか。

「ケア」は「正しさ」あるいは「正義」といってもいいと思いますが、その正反対の態度です。これまでの社会では自立した個人像が理想とされてきましたが、実際には私たちは一人では存在できず、支え合うことでなんとか生きている。画一化された「正義の倫理」に対抗する「ケアの倫理」は、異なる他者の考えを受け入れ、うまくやっていくための方法論なのです。

─生活が制限されたコロナ禍で、多くの人が生活と地続きにケアの重要性や問題を考えていたと思います。

主に女性が過剰に担わされてきたケア労働の問題が、コロナ禍で可視化されました。そこで書き始めたのが『ケアの倫理とエンパワメント』のもととなった文芸誌の連載です。中心に据えたのは、スペイン風邪が大流行した時期に活動したイギリスの小説家、ヴァージニア・ウルフでした。ウルフは健康な「直立人」に対して、病気や老いをもつ「横臥者」(※1)の視点から想像力をたくましくすることの重要性を書きました。「病気になるということ」こそがケアのマニフェストだと、多くの人に知ってもらいたかったんです。

小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)書影

─舞台をはじめ芸術活動のあり方も変化していますが、そのなかで変わらない価値はどこにあるのでしょうか。

ウルフは「コミュニオンcommunion」という言葉を用いて、人がつながることの重要性を伝えています。かつてその場は教会やお寺だったはずですが、現代では劇場(演劇や音楽)がそれを生み出しているといえるでしょう。コロナ禍で「コミュニオン」は解体されつつありますが、オンラインなどにかたちを変えて継続しています。これは病気の人や遠方に住む人にとって朗報でもあり、多様な選択肢を前向きに捉えることもできます。芸術作品は、他者の立場から物事を見て「どのようなケアが必要か」を考える機会をもたらします。かたちが変わっても人間が互いにつながることを″ケア〟として求める以上、芸術活動のともしびは消えないはずです。

※1

 「直立人」「横臥者」は、ウルフが1926年に発表したエッセイ『病気になるということ』で提示した概念。現在、早川書房のnoteで片山亜紀による同書の新訳が公開されている。

小川公代[おがわ・きみよ]


1972年和歌山県生まれ。グラスゴー大学博士課程修了。専門はロマン主義文学、および医学史。著書に『文学とアダプテーション―ヨーロッパの文化的変容』(共編著、春風社、2017年)、訳書に『エアスイミング』(シャーロット・ジョーンズ著、幻戯書房、2018年)など。

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