KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『ライカムで待っとく』

「忘(ぼう)」をシーズンタイトルに掲げたKAATが沖縄在住の劇作家・兼島拓也さんに戯曲の書き下ろしを依頼した『ライカムで待っとく』。その執筆過程では、米軍基地の街・横須賀を中心に活動する劇団河童座の横田和弘さんへの取材も行われました。上演を終え、二人は何を思うのでしょうか。

ABOUT

『ライカムで待っとく』は、アメリカ占領下の1964年に沖縄で起きた米兵殺傷事件に取材したノンフィクション『逆転』(伊佐千尋著、新潮社・岩波書店刊)に着想を得て書かれた作品です。当時の資料や基地問題の専門家へのリサーチと、沖縄や横須賀、そして東京に暮らす人々へのヒアリングをもとに、1年の執筆期間を経て、沖縄本土復帰50年となる2022年の末に上演されました。演出を担当したのは沖縄に出自をもつ田中麻衣子。出演した8人の俳優の半数も沖縄出身です。

2022年。物語は、雑誌記者の浅野が沖縄出身の伊礼から自分そっくりの人物が写った写真を見せられたことをきっかけに動き出します。伊礼の祖父だというその人物は、かつて沖縄で起きた米兵殺傷事件のことを手記に残していました。浅野は半ば押し切られるようにして事件について取材することになりますが、やがてその写真には妻・知華の亡き祖父・佐久本も写っていたこと、そして佐久本が米兵殺傷事件の容疑者の一人だったことが判明します。浅野たちは死者と話せるという金城のもとを訪れ、祖父から話を聞こうとするのですが――。

1964年。友人の嘉数(かかず)と飲んでいる佐久本のもとに、店の従業員の平が米兵に殴られているという報(しら)せがもたらされます。たまたま居合わせた兄・雄信は止めようとしますが、佐久本は飛び出していってしまい、その後、米兵は何者かに殺されてしまいます。その時いったい何があったのでしょうか。

裁判での証言。それぞれが抱える沖縄やアメリカ、日本への思い。そして沖縄戦の記憶。舞台上では現在と過去の沖縄の出来事が交互に立ち上がりますが、取材が進むにつれてそれらは混じり合っていき、浅野自身もいつしか、逃れられない沖縄の物語の渦中に巻き込まれていきます。やがて浅野に突きつけられる理不尽な選択とは――。

公演写真:引地信彦

作 : 兼島拓也
演出 : 田中麻衣子
出演 : 亀田佳明 / 前田一世 / 南里双六 / 蔵下穂波 / 小川ゲン / 神田 青 / 魏 涼子 / あめくみちこ
日程 : 2022年11月30日〜12月4日(新型コロナの影響で11月27日〜29日は中止)
会場 : KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
主催・企画制作:KAAT神奈川芸術劇場
公式サイト


対談

兼島拓也さん(左)と横田和弘さん(右)

チョコ泥棒主宰 / 劇作家

兼島拓也

×

劇団河童座主宰 / 演出・劇作家

横田和弘

「沖縄と横須賀には本当に大きな違いがあるんだなということを、あらためて感じてショックだった」

『ライカムで待っとく』の感想を聞かれた横田さんは真っ先にこう答えました。作中の「神奈川の人って大人じゃないですか」というセリフを受けてのことです。これは横浜で働く沖縄出身の伊礼という人物が、横浜育ちの主人公・浅野に向けて発する言葉で、基地のことで「暴れたりする人」がいない神奈川の人は過去に縛られずに前向きで「大人の余裕」があるというのです。

横須賀には「どぶ板通り」と呼ばれる商店街があります。京急本線・汐入駅から米海軍ベースに至るその一帯は、戦後しばらくは米海軍向けの店が立ち並ぶ場所でしたが、現在では独特の雰囲気は残しつつもスカジャン専門店などが並ぶ観光地となり、多くの若者でにぎわっています。横田さんは、かつてそこを流れたどぶ川にふたをしたように「街全体が過去から目をそらしたいと思っているのではないか」と自らが住む横須賀を省みます。

しかし、このセリフは神奈川の人にだけ向けられているわけではありません。自分と同じくらいの、あるいは下の世代が地元・沖縄に対して思っているであろうこと、横須賀の街を見て感じるであろうことを「大人」という言葉に集約したのだという兼島さんは「だからこれはどちらへの皮肉でもあるんです」と言います。

『ライカムで待っとく』は観客に、単純な悲劇として沖縄の物語を消費することを許しません。モチーフとなっている米兵殺傷事件自体が、アメリカ占領下の沖縄で、沖縄県民が加害者に、米兵が被害者になるというある種の「捻れ」をもったものでした。作中では、沖縄の人々の諦めや、権力に順応する様子も描かれています。

「沖縄から観に来てくれた同世代の人たちにはそういう面を描いたことも響いていたようですが、上の世代の人からは反発も含めてまた違った反応があると思います。そういう意味でも、この作品は沖縄でも上演したいと思っています。多くのものを押しつけられ奪われてきた上の世代と、はじめから基地があることが当たり前だった若い世代とではどうしても考え方は違ってくる。でもそこでどう連帯し、どう体験や思いを引き継いでいけるのか。それは創作者としても沖縄の人間としても引き受けて考えていかなければならないことだと思います」(兼島)

横田さんも自身の体験をふりかえり「僕も戦争を体験していない世代だけど、そのなかでも世代によって戦争の捉え方や米軍への思いは様々に違っている。米軍関係は記録が残っていないことも多い。だからこそ、自分たちの世代が何を体験して何を考えてきたのかを伝えていかなければならないとあらためて思った」と創作への思いを新たにしていました。

沖縄本土復帰50年にあたる2022年は、沖縄に関する作品がジャンルを問わず数多く発表されました。「でも、もっと踏み込んでほしいところをその手前で止まってしまっている作品も多いと感じています」(兼島)。『ライカムで待っとく』の作中で繰り返し発せられる「決まりだから」という言葉は観客に、沖縄の人々の諦めを強烈に印象づけますが、やがてその言葉は主人公である浅野に、つまりは本土の人間にも向かいます。そして観客が浅野とともに突きつけられる選択の理不尽さは、容易には飲み込めない問いとなって観客のなかに残り続けます。兼島さんは「知らなかった、知らなきゃいけないではその次にいかない。単に沖縄のことを考えるのではなく、何か体にしみついて引きずってしまうような作品を書きたかった。お客さんの反応を見たかぎりでは、半分くらいはそれを達成できたのではないかと思います。今後も作品を通してそういう働きかけをしていきたいし、精度を磨いていきたい」とふりかえりました。

今回の上演をきっかけに、兼島さんのもとには米兵殺傷事件の目撃者の家族からの連絡があったそうで、今後も話を聞いていきたいと思っているとのこと。「作品をつくり発表することには、誰かの記憶を引き出したりつながりを生んだりする力もあるんだということを今回実感しました。そこにある可能性も信じながら創作を続けていきたいと思います」(兼島)。

聞き手・文 : 山﨑健太 写真 : 加藤 甫


兼島拓也[かねしま・たくや]

劇作家。1989年沖縄県生まれ。チョコ泥棒主宰。主に沖縄県内で演劇活動を行う。2018年に第14回おきなわ文学賞シナリオ・戯曲部門一席、2021年に第31回オーディオドラマ奨励賞入選。今作『ライカムで待っとく』が第30回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞、第26回鶴屋南北戯曲賞および第67回岸田國士戯曲賞で最終候補となる。

横田和弘[よこた・かずひろ]

劇団河童座主宰。演出・劇作家。神奈川県演劇連盟顧問。横須賀シニア劇団「よっしゃ!!」プロジェクトリーダー。横須賀を中心に横浜・神奈川県で幅広く演劇活動を続ける傍ら、演劇ワークショップなどを開催し若手の育成に努めている。「演劇で何が出来るか」をテーマに被災地公演や、各種施設での公演、ファミリーシアターなどに力を入れている。


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