「ドリーム/ランド」

県民ホールギャラリーで開かれた、7名の現代アーティストによるグループ展「ドリーム/ランド」。出展作家の一人、青山悟さんは、ミシン刺繍でつくった1万円札と1ドル札を展示しました。アーティストが今の時代に問うこととは。お話を聞きました。

REPORT

県民ホールギャラリーは、これまで「日常」を多様な視点で切りとった作品群による、3つのグループ展を企画してきました。これに続き、今年度から新たに立ち上がったのが「ランド」をテーマに据えたシリーズです。

「ドリーム/ランド」の夢という言葉には、様々な意味があります。将来の夢という意味の願望や希望、そして寝ている時に見る夢、また「夢のような出来事」といった使われ方もします。本展は国・土地・場所などを意味する「ランド」をタイトルに付し、今後も続く“ランド展”の第1弾となりました。企画者である神奈川芸術文化財団・キュレーターの中野仁詞さんは「ドリームは、深遠な表現の幅がある言葉です。ランドという言葉からは、現在進行形のロシアとウクライナ、国同士の紛争なども連想されるかもしれません。“ランド”に“ドリーム”をかけ合わせ、人間が今立っている地とはどんな場所なのか、作家の皆さんとともに問いかけたいと思いました」と内覧会で語りました。参加作家は、油画、日本画、インスタレーション、刺繍、映像などを表現の媒体とする、7人の現代アーティスト。キュレーターのコンセプトに作品で応えていきました。

また本展の特徴の一つに、展示空間をめぐりながらパフォーマンスを行ったAokidさん(振付家・ダンサー)とのコラボレーションが挙げられます。このイベントは、同じく中野さんが県民ホールギャラリーで企画した塩田千春さんの個展「沈黙から」(2007年)から始まった「アート・コンプレックス」というプログラムの思想を引き継ぎ、企画したもの。「アート・コンプレックス」は空間芸術である美術作品のなかで、音楽やパフォーマンスなどの時間芸術が実験的にコラボレーションすることで生まれる、新たな表現を大切にした企画でした。そこには2022年10月に逝去した、一柳慧芸術総監督の思想が反映されています。

神奈川芸術文化財団で働く職員のなかには、フルクサスの時代を生きた故・一柳総監督に影響を受けた人がたくさんいます。中野さんもその一人。内覧会では「一柳総監督には22年間ご指導いただきました。この展覧会は監督とつくった最後の展覧会です」と思いを語り、来場者とともに一柳総監督が残したものをしのぶ時間にもなりました。

取材・文 : 編集部 展示写真 : 木暮伸也

枝 史織(左)『雷』(中)『竜巻』(右)『虹』(2015)
林 勇気『another world -vanishing point』(2022)

参加アーティスト : 青山 悟 / 枝 史織 / 角 文平 / 笹岡由梨子 / 林 勇気 / 山嵜雷蔵 / シンゴ・ヨシダ
日程 : 2022年12月18日〜2023年1月28日
会場 : 神奈川県民ホール
主催 : 神奈川県民ホール
公式サイト


INTERVIEW

青山 悟『Just a piece of fabric』(2022)展示風景

今から2年ほど前、キュレーターの中野さんから本展への出展を依頼された時のこと。「ドリーム/ランドというタイトルから最初に思い浮かんだイメージは、悪夢のような日常でした。今はだいぶ慣れてしまったけど、コロナ禍が始まった頃目にみえないウイルスにおびえる、悪夢のような日々が続くなあと感じていて」と青山さんはふりかえります。

工業用ミシンを用いて、女性の手仕事としての歴史的文脈もある「刺繍」をメディアとし、人間性や労働をテーマに作品を発表してきた青山さん。本展ではミシン刺繍でつくった1万円札と1ドル札、そして作品制作(1万円札1枚)に要した時間を、東京都の最低賃金に換算した金額を記したタイムカードを展示しました。床の上にばらばらと置かれた1万円札と対照的に、額縁に入れて飾られた1ドル札。1ドルが1‌50円だった時、実物の1.5倍の大きさに引き延ばしてつくった作品です。「円の価値なんてなくなるのではないかと感じたことがありました。随分前のリーマン・ショックがわかりやすい例ですが、資本主義は覚めるかもしれない“夢”ですよね。今回の作品は、資本主義の限界を提示する直接的なアプローチ。現実をゴロッと投げ出しました」。

あらゆる分断は資本主義のゆがみに起因しているのではないかと、青山さんは指摘します。今はGAFAのような大企業が富をもっていて、格差がどんどん広がっている。コロナ禍を経た世のなかでは、実労働をしている人たちの苦しみがみえづらくなっている―。タイムカードの作品は、実労働の最低賃金で生きていくことができるのかを問うメッセージでもあります。

ライトを当てると「見えざるもの、消えゆくものに光を!」というテキストが。「見えない労働者などに捧げるモニュメントのような作品」と青山さん
タイムカードと、制作の様子を記録した映像を、1億円が入る特注のジュラルミンケースに入れて展示した

世界中が同じような体験をしていたステイホームの頃は、皆が他者を気づかう状況もありました。ですがコロナ禍にも慣れてしまった今、分断がより一層可視化されてきたのを青山さんは感じていると言います。「パンデミックが起きてから3年がたち、ロシア・ウクライナ戦争が始まり、現実がさらに悪夢のような様相を帯びてきましたね」。作品を通して今ある問題にあらためて向き合い、コミュニケーションをとってほしい、と青山さん。「今の時代を代表する哲学者や思想家たちが語っているように、今の“争いの時代”を終わらせるためには、“相対主義的価値観を乗り越えて、普遍的倫理観を築くこと”が必要なのは明確で、そのために何ができるのかを考えていかなくてはなりません。戦争を仕掛ける側には、仕掛ける側の論理があるのかもしれないけど、それは人が人を殺す戦争をする理由に値するものでしょうか。アートが、そういった倫理観を形成していくきっかけになることを願いますし、そのためには他者とコミュニケーションをとっていくしかないと思っています」。

文 : 編集部 展示写真 : 木暮伸也

写真 : 大野隆介

アーティスト

青山 悟[あおやま・さとる]


工業用ミシンを用い、近代化以降、変容し続ける人間性や労働の価値を問い続けながら、刺繍というメディアの枠を拡張させる作品を数々発表している。

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