一隻の船に揺られ、たどり着いたのは木々が生い茂る真っ暗闇の無人島。ここ猿島ではアートイベント「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2022」(以下、Sense Island)が、2022年11月〜12月に開かれました。日没後、自然を感じながら作品を楽しむ唯一無二の体験。今年で3回目の開催となったイベントです。実現に至った背景を、横須賀市職員の皆さまに聞きました。
もともと国が所有していた猿島。横須賀市の管理になって以降、“歴史と自然を体感できるエコミュージアム”としての活用に向け、市は整備をしてきました。2015年に国史跡として文化財指定を受けますが、第二次大戦から約80年たった現在も、「旧日本軍の砲台や要塞跡がある猿島を史跡として残すことに疑問の声をいただくことはあります」と、横須賀市の生涯学習課・川本真由美さんは話します。そうしたなか横須賀市は、残すことの良し悪しを問うのではなく、「戦争の時代があったことを伝える」ことがこの史跡の一つの役割であるという考えのもと、島の活用を進めています。
横須賀の歴史をふりかえると、“軍”との歩みは切っても切り離せません。軍によってインフラが整備され、軍需産業の発展とともに、横須賀は都市化しました。第二次大戦では猿島をはじめ要塞地帯としての役割を担いましたが、空襲などによる甚大な被害が民間には出ませんでした。終戦後、米海軍横須賀基地が置かれ、現在も基地内で働く市民も多く、まちなかには英語表記の看板が立ち並ぶ―。様々なルーツをもつ人がいることが横須賀の日常の風景になっています。
猿島を公園として活用しはじめた当初から、昼間は史跡を見学する「猿島ツアー」のほか、バーベキューなどのレジャーが楽しめる場所として運用をしてきましたが、パノラマティクス主宰・齋藤精一さん(「Sense Island」のプロデューサー)との出会いから、それまでは開いてこなかった「夜の猿島」に着目。月明かりのなかでのアートイベントに取り組むことになりました。企画課・下山麻里さんは「上地克明横須賀市長はアートや音楽、スポーツなどで、まちと市民を元気にする取り組みを進めています。私は、そんな文化的な取り組みと猿島を組み合わせたいという思いがありました」と話します。
前例のない試みに向けて、市ではイベントを実施する企画課、史跡を保存する生涯学習課、都市公園として猿島を管理する公園管理課の3つの部門がチームを組み、アートというこれまでにない切り口で猿島の魅力を発信する取り組みの実現へ向けた話し合いがスタート。「夜の無人島が舞台ということもあり、暗闇のなかで歩く際に危険がない照明配置となるよう協議するなど、安全には十分考慮しました」と公園管理課の福田航大さん。開催前には市職員から参加者を募り、実際に歩いてみて危険がないかテストをするなど、安全管理に腐心したそうです。
横須賀市には同じく国史跡の千代ヶ崎砲台跡をはじめ、猿島以外の近代化遺産も多く残っています。今後は猿島に限らず広く市内の歴史遺産を活用していくことも視野に入れ、横須賀の魅力を発信していきます。
コラム
近代文明発祥の地としての横須賀
米海軍横須賀基地の印象が強い横須賀。歴史をさかのぼると江戸幕末期から、現在の基地内に日本初の近代的な工場「横須賀製鉄所」が建設され、この場所が近代文明発祥の地となりました。製鉄所建設のきっかけは、横須賀・浦賀への「ペリー来航」などによる国防の危機感でした。幕府の役人が、これを機にワシントンの造船所などを視察。江戸時代までの木と紙の文化から、レンガや鉄などによる近代工業を推進することに。ネジなどの細かな部品から軍艦まで、様々な工業製品をつくることが可能になったのです。その後、同製鉄所は旧日本軍の施設として多くの軍艦を建造しましたが、第二次大戦後、この地は米海軍基地になりました。
現在、横須賀市では猿島をはじめ、旧横須賀製鉄所や浦賀ドックなど、市の歴史にまつわる史跡や施設を周遊する「よこすかルートミュージアム」という新しい楽しみ方を打ち出しています。「皆さんがまだ知らない、横須賀から始まった日本近代化の歴史に触れてもらうきっかけになれば」と企画課・下山さんは話します。
猿島(さるしま)
東京湾唯一の自然島であり、湾内最大の無人島。島全体に生い茂る豊かな自然のなか、レンガ積みのトンネルや砲台跡などの旧軍事施設が残っており、唯一無二の神秘的な雰囲気をつくり上げている。散策のほかにもバーベキューや釣りなど、四季を通してアウトドアアクティビティを楽しむことができる。
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取材・文 : 編集部