オペラ

16世紀末から17世紀初頭にかけてイタリアで誕生したオペラは、古代ギリシャ悲劇をモデルに、人間の感情を歌に乗せて、話すように表現することを目指しました。音楽、文学、演劇、ダンス、美術など、様々なアートが舞台上で交錯するオペラは総合芸術とも呼ばれ、誕生以来400年もの間、人々を魅了し続けています。オペラ上演の華である歌手たちは、時代に応じてスタイルを変化させながら、その磨き上げられた声で人々の心を震わせてきました。

10月14日に音楽堂で上演されたヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』は、1724年にロンドンで初演された、バロック時代を代表するオペラの一つです。本公演で、ニレーノ役として出演したカウンターテナーの藤木大地さんに、お話を聞きました。

取材・文 : 八木宏之
公演写真 : ヒダキトモコ

音楽堂室内オペラ・プロジェクト第6弾

鈴木優人指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン
ヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』全3幕

指揮・チェンバロ : 鈴木優人 
管弦楽 : バッハ・コレギウム・ジャパン
演出 : 佐藤美晴
出演 : ティム・ミード(カウンターテナー) 森 麻季(ソプラノ)  マリアンネ・ベアーテ・キーラント(アルト) 加藤宏隆(バス・バリトン) 松井亜希(ソプラノ) アレクサンダー・チャンス(カウンターテナー) 大西宇宙(バリトン) 藤木大地(カウンターテナー)
日程 : 2023年10月14日
会場 : 神奈川県立音楽堂
主催 : 神奈川県立音楽堂

REPORT

ヘンデルの生前に上演された『ジュリオ・チェーザレ』では、カストラート※1たちが超絶技巧を競い合い、大喝采を浴びていましたが、今日ではカウンターテナー※2がカストラートの役を現代の技術で歌い上げます。今回の上演でも、チェーザレ役のティム・ミード、トロメーオ役のアレクサンダー・チャンス、ニレーノ役の藤木大地、3人のカウンターテナーが躍動し、真珠のような美しい高音で満席のホールを満たしました。クレオパトラ役の森麻季、コーネリア役のマリアンネ・ベアーテ・キーラント、セスト役の松井亜希、クーリオ役の加藤宏隆、アキッラ役の大西宇宙など、そのほかのキャストにも国内外の名歌手たちが集い、バロック・オペラの醍醐味というべき声の饗宴が実現。とりわけ森と藤木のコンビは、歌だけでなく、ユーモラスな演技も大いに光り、300年前の作品を現代へとつなぐ見事な橋渡しを務めました。鈴木優人率いるバッハ・コレギウム・ジャパンは、バロック時代の古楽器から切れ味鋭いスタイリッシュな音を響かせ、時に歌手たちをリードしながら、上演を成功に導きました。現代のプロフェッショナルたちによって新たな命を吹き込まれた時、バロック・オペラは時代を超えて聴衆を熱狂させ得ることを示した一夜となりました。

藤木大地インタビュー

―『ジュリオ・チェーザレ』の神奈川公演は満員御礼の大成功でした。

SNSを通じて兵庫と東京公演の評判が広まったことが、神奈川公演の完売につながりました。今はオペラも、レストランのように口コミを見てからチケットを買う時代。公演の情報ができるだけ人目に触れることも大切だと思います。

バッハ・コレギウム・ジャパンによるバロック・オペラのプロジェクトは、古楽オーケストラの演奏でバロック・オペラを上演する、日本では画期的な試みです。『ジュリオ・チェーザレ』はその第3弾※3となりますが、毎回出演させていただけて、大変光栄に思っています。

―藤木さんは2022年10月に新国立劇場で『ジュリオ・チェーザレ』が上演された際には、悪役のトロメーオ役を演じられましたが、今回は狂言廻しとも言うべきニレーノ役での出演でした。藤木さんの伸びやかな歌声とコミカルな演技は作品に大きな推進力を与えていましたね。

ニレーノはアリアこそ一つですが、舞台にいる時間が長い重要な役です。ニレーノを演じることで、トロメーオの時とは異なる、全体を俯瞰する視点が得られました。限られたリハーサルで試行錯誤しながら、自分なりのニレーノをつくり上げていきましたが、お客さんにそのキャラクターを楽しんでいただけてとてもうれしかったです。

―藤木さんはカウンターテナーという声種の特性上、バロック時代の作品を歌われることが多いかと思います。300年前に書かれた音楽を現代のお客さんに届けるうえで意識していることはありますか?

18世紀の歌手たちがどのように歌っていたのか、私たちはその録音を聴くことはできません。カストラートに会って話を聞くこともかないません。古楽器は今日まで残っていますが、歌は人間の身体が楽器である以上、手がかりは少ないのが現実。バロック時代と今日では、気候や食事など、歌手をとりまく環境も異なります。それでも楽譜を分析したり、資料を読み込んだりすることで、作曲家の生きた時代のスタイルに近づけることは可能です。とはいえ、深く考えすぎると自然に歌えなくなってしまうので、技術を磨き、今できることを精一杯やるようにしています。

―ヨーロッパの文化であるオペラは長い時間をかけて、少しずつ日本に定着してきましたが、まだまだ敷居が高いと感じる人も多く、受容は道半ばです。藤木さんが考えるオペラの魅力は?

まず何より、歌手たちのにあると思います。声は皆が持っている身近なものですが、オペラ歌手の歌を聴けば誰もが「人間は鍛えたらこんなにすごい声が出るのか!」と驚くでしょう。人間の身体に秘められたポテンシャルを楽しむ点は、スポーツ観戦にも似ていますね。そんな声の魅力に加えて、指揮者やオーケストラ、舞台装置など、非日常の世界が詰まっているのがオペラです。レストランを予約して、ディナーに期待を膨らませるのと同じように、チケットを買って、公演の日をワクワクしながら待つのもまたオペラの魅力でしょう。劇場で3時間じっと座っているからこそ得られる、スマートフォンでは味わえない特別な体験がオペラにはあります。ぜひ一度、劇場で、オペラの非日常を体験してみてください。

※1

変声期を迎える前に去勢することで、女性のような高音を男性の声量で歌うことができた歌手たちのこと

※2

西洋音楽における成人男性歌手のパートの一つで、女声に相当する高音域を歌う。カウンターテノールとも言う

※3

音楽堂室内オペラ・プロジェクトとしては第6弾

写真:西野正将

藤木大地 ふじき・だいち


2017年、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場のライマン『メデア』にヘロルド役で東洋人初のカウンターテナーとしてデビュー。2012年、第31回国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクールにてハンス・ガボア賞を受賞。同年、日本音楽コンクール第1位。2013年、ボローニャ歌劇場にてグルック『クレーリアの勝利』マンニオ役でヨーロッパデビュー。国内では、主要オーケストラとの公演や各地でのリサイタルがいずれも絶賛を博している。日本が世界に誇る国際的なアーティストの一人。
洗足学園音楽大学客員教授。
横浜みなとみらいホール初代プロデューサー(2021-2023)。 
Official Website : www.daichifujiki.com

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