2023年上半期のダンスプログラムをふりかえる

長いコロナ禍を経て、県内の劇場にも再び活気が戻ってきました。
2023年上半期に開催されたなかから、神奈川のダンス文化の厚みを感じさせる取り組みをピックアップしてご紹介します。

文 : 呉宮百合香 (舞踊評論)

鑑賞体験の更新に挑む意欲作が多く見られた2023年上半期となりました。新型コロナの5類移行に伴い、劇場における様々な制限も廃止され、以前のような活気が戻ってきました。

KAATは、2020年初演の『星の王子さま -サン=テグジュペリからの手紙-』(演出・振付:森山開次)を新キャストを交えて、年明けに再演。美術・衣裳・音楽にも豪華アーティストが結集した話題作で、滋賀・広島・熊本の巡演先でも好評を博しました。同劇場ではこのほかにも、OrganWorks『漂幻する駝鳥』、櫛田祥光率いるDance Company Lasta『ROOM』など、発展期にあるカンパニーの渾身の新作が上演されました。

STスポットは、既存の枠組みにとらわれないアーティストの活動を継続的に後押ししています。若手作家の発掘・育成のためのショーケース「ラボ20」は23回目を迎え、asamicro『Family Unbalance』が本年のラボ・アワードを受賞しました。

STスポットでは主催事業以外にも面白い取り組みがありました。ダンサー・荒 悠平と彫刻家・大石麻央による『400才』は、公演当日までの3ヶ月間、作品の主人公であるサメの日常を描く映像作品をオンラインで定期配信し、舞台上に留まらない広がりを生み出しました。木村玲奈が中心となって進める「6steps」は、『6stepsを置いてみる ① STスポット編』と題して、来場者の誰もが6段の階段から生まれるダンスを体験できる場を開きました。

オルタナティブな空間への志向は、近年ますます高まっているようです。アートスペースのBankART Stationでは小暮香帆がソロ活動10周年を記念して、音楽家・角銅真実と協働する『D ea r 』の改訂版を、BankART KAIKOでは中屋敷南が、映像作家・中瀬俊介とともに展開する「みえないけどいる -touch the ghost skin-」シリーズの最新作を発表しました。電車の音や人の気配、漏れ光といった様々なノイズを許容する演出はしなやかで、新たな風を感じさせます。

若手の登竜門である「マグカルシアター」に今回参加した仁田晶凱『The Musical Offering』と藤村港平『PreDanceMusic』は、いずれも作曲家をコラボレーターに迎えて音楽とダンスの関係をあらためて問い直す長期リサーチプロジェクトでした。理論と実践を行き来しながらの探究に、これからも要注目です。

そしてDance Base Yokohamaは、キッドピボット『リヴァイザー/検察官』のような大型の海外招聘公演を実現するだけでなく、レジデンス制度を通じて活動支援と機会の創出にも注力し、4月には登録ダンサーによる公開ショーイングも行いました。

横須賀芸術劇場では「高校ストリートダンスグランプリ2023」の決勝大会が初開催され、予選を勝ち抜いた30組が出場、二松学舎大学附属高等学校の〈Butterfly effect〉が見事優勝しました。2024年パリ五輪に向けて、ストリート熱は一層高まっていくことでしょう。

県民ホールでは、スターダンサーズ・バレエ団によるリラックスパフォーマンス『シンデレラ』を上演。劇場での鑑賞に慣れていなくても不安なく楽しめるよう、上演時間や音響・照明などを工夫した公演形態は、舞台芸術をあらゆる人に開いていくためにも、今後広がっていくことが望まれます。

写真:南部辰雄 写真提供:愛知県芸術劇場

キッドピボット

『リヴァイザー/検察官』

世界中のバレエ団から依頼を受ける人気振付家クリスタル・パイトのカンパニー〈キッドピボット〉が、待望の初来日を果たしました。ボイスオーバーを用いて言葉と身体をシンクロさせる唯一無二の手法は、ゴーゴリの戯曲『検察官』に基づく本作でも光ります。ドタバタの茶番劇から一転、セットが消えた抽象世界の中で先刻のシーンが脱構築され、水面下の深層/真相が表れる中盤以降の展開は驚き。音・光・動きが一体となった精緻な演出も、息を呑む完成度でした。


会場 | 神奈川県民ホール 大ホール
日程 | 2023年5月27日〜28日
主催 | Dance Base Yokohama、神奈川県民ホール
公式サイト

写真:金子愛帆

OrganWorks2023

『漂幻する駝鳥』

主宰の平原慎太郎が作・演出・振付を手掛ける最新作のテーマは「渇き」。観客は箱庭を覗くように、舞台上の出来事を高みから俯瞰しているのですが、終盤に演者の一人が客席と同じ高さまで昇ってくることで、物語世界の中へと引き入れられることになります。冨安由真による舞台美術は、何者かの記憶が留まる空間を陰影豊かに表現。そして個性豊かなゲストがカンパニーに新たな色を加えました。挑戦への強い意気込みを感じさせる公演でした。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
日程 | 2023年6月3日〜11日
主催 | 株式会社クラネオ
公式サイト

写真:S20

梅田宏明ディレクション

『動態 | Moving State』

横浜赤レンガ倉庫1号館の振付家として活動最終年を迎えた梅田宏明。本公演では、梅田独自のメソッドに基づいてダンサーたちが自らの動きを生成・発展させていく過程をシンプルに見せる第1部と、劇場作品として映像・照明を加えて構成した第2部を組み合わせ、身体のムーブメントそのものに光を当てるアプローチ方法を多角的に提示しました。スタイルの違いを超えて若手が集う稀有なプラットフォームとしても機能していることがうかがえました。


会場 | 横浜赤レンガ倉庫1号館 3階ホール
日程 | 2023年6月24日〜25日
主催 | Somatic Field Project
公式サイト

写真:高野ユリカ

中屋敷 南 インスタレーション+パフォーマンス

『みえないけどいる -touch the ghost skin-』

2020年よりノン・コンタクトワーク、つまり物理的に触れ合うことなしに「接触」の感覚を生み出すことを、映像技術を用いながら探求してきた中屋敷 南。目を覆い離れた場所に位置取るダンサー二人の動きが、映像上で繊細かつ親密に重なり合う様は、観る者の視覚と触覚を揺さぶります。会場内には新作と過去作の映像展示のほか、ノン・コンタクトワークを実際に体験できるインスタレーションもあり、子どもたちにも大人気でした。


会場 | BankART KAIKO
日程 | 2023年6月12日〜18日
主催 | 中屋敷 南/みんなのコンテンポラリーダンス
公式サイト

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