意欲的な劇場企画とアーティストたちの自由な発想が交差し、新たな地平が拓かれた2025年上半期。
神奈川県内で繰り広げられた多彩な創造と実験の現場を、ピックアップしてふりかえります。
文 : 呉宮百合香(舞踊評論)
2025年上半期は、拠点劇場による意欲的な企画と、アーティストたちの場の開拓が大小様々に結実した半年となりました。
KAATでは、劇場エントランスを大胆に活用した「KAATアトリウムプロジェクト」を実施。休憩等に訪れた市民にも新たな舞台芸術体験を提供しました。続く7月には、ストラスブール・グランテスト国立演劇センターとの国際共同制作『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』が世界初演を迎えました。宮沢賢治を題材に、日仏両劇場の芸術監督、長塚圭史と伊藤郁女が協働した注目作です。ほかにもCo.山田うんやOrganWorksといったカンパニーとの提携公演も充実し、劇場空間から立ち上がる創造のダイナミズムが存在感を放ちました。
横浜赤レンガ倉庫1号館では、ダンス・音楽・美術を織り交ぜて観客とともにつくる近藤良平×永積崇『great journey』が8回目を迎え、名物企画として定着しつつあります。加えて、24年度から同館振付家に就任した小㞍健太による育成・開発プログラム「SandD LAB. 2025」を実施。ホールを創作と上演両方の場として用いながら、総合芸術としてのダンスの可能性を広げています。
「育成」は今期の大きなキーワードです。5周年を迎えたDance Base Yokohamaでは、若手クリエイターの海外展開プロジェクト「Wings」を始動。さらに8月には、新スタジオもオープンしました。STスポットは新レジデンス「迂回スケープ」を立ち上げ、出入り自由のオープンスタジオを通じて、探求や実験の過程そのものを公開する新たな舞台芸術の楽しみ方を提案しています。歴史あるダンスショーケース「ラボ20」は24回目を迎え、康本雅子のキュレーションで4組が上演を行いました。レジデンス機能をもつ若葉町ウォーフによる「若葉町ウォーフ ダンス工房」は、都市型滞在制作の可能性を切り開く新企画。神奈川県立青少年センターは、「紅葉坂舞台塾」「青少年の舞台表現のためのスキルアップクラス」など次世代向けのプログラムが充実し、舞台衣装のクラスなど多様な関心に応える内容も魅力となっています。
誰もが参加し楽しめる企画も増えてきています。休館直前の県民ホールでは、安藤洋子とシニアによる「チャレンジ・オブ・ザ・シルバー」の公演『Largo』を開催。小田原発の「スクランブル・ダンスプロジェクト」は、関内ホール・吉野町市民プラザ・岩間市民プラザと連携し、インクルーシブダンスのワークショップと公演を実施しました。
アーティスト主導の機動力ある企画も光ります。日ノ出町駅近くにオープンしたワイキキSTUDIOは、レクチャーシリーズ「コンテンポラリーダンスの門前」などオルタナティブ性を活かした企画を展開。横須賀の古民家・飯島商店でのAokid×たくみちゃん『フォアボール!!』や、茅ヶ崎の農園での熊谷拓明のダンス劇、グランモール公園での新人Hソケリッサ!×伊藤キム『Super Stranger』は、その場所ならではの特別なダンス体験を生みだしています。
変化を恐れず、多様な場と表現を追求し続ける神奈川のダンスシーンに、ますます期待が高まります。

Co.山田うん『遠地点』
和紙を用いた3部作の最終章。『EN』『TEN』での蓄積が12名の大掛かりな群舞に発展しました。包み、折り、広げ、自在に姿を変える紙と身体が響き合い、舞台上、時には客席上空にまでダイナミックな運動が広がります。行為の痕跡は墨の跡や皺として紙上に刻まれ、その音自体も音楽の一部に。人々の動きは社会活動の縮図のようでもあり、抽象性のなかに土の香りが漂います。終盤、白の大地が反転して色彩が一面に現れる瞬間は圧巻でした。
会場 | KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
日程 | 2025年1月25日、26日
主催 | 一般社団法人Co.山田うん

ありがとう神奈川県民ホール
『Jewels from MIZUKA 2025』
ジュエルズ・フロム・ミズカ 2025
神奈川県出身のバレエダンサー上野水香がプロデュースする本企画は、2014年・2018年に続き3回目の開催となります。新作初演も充実し、なかでも岡崎隼也『春の祭典』の風刺性とジル・ロマン『あなたへ・・・〜for you〜』の円熟味は際立っていました。上野自身はモーリス・ベジャールの『ルナ』に初挑戦し、荘厳な美と輝きで観客を圧倒。3月末をもって50年の歴史に幕を下ろす劇場への感謝と未来への祈りが込められた、宝石箱のように煌めくプログラムでした。
会場 | 神奈川県民ホール 大ホール
日程 | 2025年3月8日
主催 | 神奈川県、神奈川県民ホール

KAATアトリウムプロジェクト
KAATの新企画として、山本貴愛が劇場エントランスを舞台美術の視点でデザイン。雨をテーマに、円形のオブジェと床に広がる波紋、宙に吊られた棒形のオブジェで構成された白の空間は、静謐な緊張感を湛えています。6月の週末には5組のアーティストによるパフォーマンスも実施。人の行為によって命を吹き込まれる舞台美術—その束の間の虚構が生を宿す瞬間が、日常風景に小さな異化と祝祭をもたらしていました。
会場 | KAAT神奈川芸術劇場 アトリウム
日程 | 2025年4月24日~6月14日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場

踊る『熊谷拓明』カンパニー ダンス劇
『カサブタとタイヨウ』
「だンス劇春のtour2025」と題し、4作品を携えて沖縄から札幌まで全国9都市をめぐった熊谷拓明。茅ヶ崎公演では、会員制農園併設の和室にてデュオ作品『カサブタとタイヨウ』を上演しました。至近距離で展開するダイナミックなコンタクトワークは迫力満点で、人間の機微に満ちています。敷居は低く、奥行きは深く。言葉を用いながら、日常と地続きの時間のなかに身体自体がもつ豊かなドラマ性を立ち上げる手腕が光りました。
会場 | RIVENDEL
日程 | 2025年5月31日
主催 | 踊る『熊谷拓明』カンパニー