2025年上半期の音楽プログラムをふりかえる

県民ホール休館前に様々な催しが繰り広げられた2025年上半期。神奈川県内ではほかにも、
ダイナミックな演奏が注目されたオペラ、映画音楽の巨匠によるライヴなど、バラエティー豊かなプログラムがみられました。

文 : 八木宏之(音楽評論)

1975年の開館以来、半世紀にわたって神奈川県の音楽、舞台芸術の発展を支えてきた県民ホールが、3月末日をもって休館となりました。営業最終日の3月31日には、フィナーレコンサート『ありがとう神奈川県民ホール』が開催され、松尾葉子指揮する神奈川フィルハーモニー管弦楽団(以下、神奈川フィル)や県内の合唱団のほか、構成・司会も務めたバリトンの宮本益光、ソプラノの塩田美奈子、ヴァイオリンの石田泰尚(神奈川フィル首席ソロ・コンサートマスター)、ピアノの實川風ら、県民ホールゆかりの演奏家たち(演奏から編曲まで多彩な活躍を見せた實川のみ、この日が県民ホールデビュー)が大ホールのステージに集いました。ビゼーやレハールによるオペラ、オペレッタの名場面や、シャブリエ、ピアソラ、ムソルグスキーの傑作が次々と披露されたコンサートはアットホームな雰囲気に包まれ、ステージと客席が一体となって県民ホールとの別れを惜しみました。

休館に先立って、県民ホールでは様々な催しが行われましたが、2月8日に開催された『オルガンavecテアトル』は、小ホールに設置されている県民ホール自慢のオルガンをじっくりと味わう、特別な機会となりました。県民ホールのオルガン・アドバイザー、中田恵子のプロデュースによる本公演では、フランスの作家、ジュール・ヴェルヌの小説『レのシャープ君とミのフラットさん』を俳優のウエンツ瑛士とともに音楽とドラマリーディングで上演。構成、演出の田丸一宏の演出は、公立ホールのオルガンとしては最も古い歴史をもつドイツ、クライス社製のオルガンを舞台装置として巧みに活かすもの。ウエンツの軽妙洒脱な語り口と、中田が紡ぐ時に重厚で時に流麗なオルガンの調べは、観客を非日常のファンタジックな世界へと誘いました。

音楽堂では、開館70周年を記念して、モンテヴェルディのオペラ『オルフェオ』が上演されました。演奏を担ったのは濱田芳通率いるアントネッロ。演出の中村敬一は、このオペラに初めて接する人にもしっかりと寄り添い、奇を衒うことなくストレートに作品の魅力を引きだしました。坂下忠弘(オルフェオ)、岡﨑陽香(エウリディーチェ)、中山美紀(ムジカ/プロゼルピナ)、彌勒忠史(メッサジェーラ)ら歌手陣の真に迫る研ぎ澄まされた歌唱と、濱田の指揮するアントネッロの躍動感に満ちたダイナミックな演奏は、400年以上前に書かれたオペラに新たな命を吹き込み、客席をスタンディング・オベーションの熱狂へと導きました。

神奈川県では、神奈川フィルのほか、東京交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団など、様々なプロ・オーケストラが定期演奏会や特別演奏会を開催しています。また夏になると、ミューザ川崎シンフォニーホールに全国のオーケストラが集う『フェスタサマーミューザ KAWASAKI』が行われるなど、県内でオーケストラを楽しむ機会は実に豊富です。

オペラの名指揮者として知られる音楽監督、沼尻竜典のもとスタートした、神奈川フィルの演奏会形式オペラ・シリーズ「Dramatic Series」は、近年の特に注目すべき試みで、6月には満を持してワーグナーの楽劇が取り上げられました。

5月20日には、横浜のぴあアリーナMMにて、映画音楽の巨匠、ハンス・ジマーのライヴが開催されました。ジマーが日本でライヴを行うのは今回が初めて。関東圏での公演は横浜のみということもあり、多くのファンがみなとみらいに駆けつけました。『グラディエーター』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『ラスト サムライ』『ライオン・キング』など、数々の名作を彩ったジマーの音楽が大迫力の音響で披露され、演奏が終わるたびに会場からは大歓声が沸き起こりました。

写真 : 阿部章仁

フィナーレコンサート
『ありがとう神奈川県民ホール』

会場には黒岩祐治知事も訪れ、県民ホールの建て替えを県民とともに推し進めていく方向性を示しました。コンサートのクライマックスにはシンガーソングライターの白井貴子がスペシャル・ゲストとして登場。白井が「21世紀の新しい神奈川の合唱曲」として2001年に作曲した《ふるさとの風になりたい》を出演者と観客全員で歌い、新たに生まれ変わる県民ホールへの希望を皆で分かち合いました。


会場 | 神奈川県民ホール 大ホール
日程 | 2025年3月31日
主催 | 神奈川県、神奈川県民ホール

公式サイト

写真 : 阿部章仁

《オルガンavecシリーズ vol.3》
『オルガンavecテアトル』

『海底二万里』や『八十日間世界一周』『十五少年漂流記』などの冒険小説で知られるジュール・ヴェルヌですが、『レのシャープ君とミのフラットさん』(1893)では、教会のパイプオルガンをめぐる不思議な体験と初恋の記憶が描かれ、この小説家の普段とは異なる表情を垣間見ることができます。小説の幻想的な世界のなかで聴くバッハやフランクの作品は、オルガンになじみのない人でも自然に楽しむことができる、新たな音楽体験となりました。


会場 | 神奈川県民ホール 小ホール
日程 | 2025年2月8日
主催 | 神奈川県民ホール

公式サイト

(c) Tomoko Hidaki

濱田芳通&アントネッロ
モンテヴェルディ オペラ『オルフェオ』

「音楽堂室内オペラ・プロジェクト」の第7弾として上演されたモンテヴェルディの『オルフェオ』は、2023年に取り上げられたヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』に引き続き、バロック・オペラが21世紀にもなおエンターテインメントとして聴衆を熱狂させ得ることを示すものとなりました。主役だけが強烈な印象を残すのではなく、すべてのキャストとオーケストラが大きなアンサンブルを形成することで、作品に立体感がもたらされました。これは、濱田芳通の類い稀なリーダーシップと明確なビジョンあってのものでしょう。


会場 | 神奈川県立音楽堂 ホール
日程 | 2025年2月22日、23日
主催 | 神奈川県立音楽堂

公式サイト

写真 : 藤本史昭

Dramatic Series 楽劇『ラインの黄金』

神奈川フィルは、音楽監督の沼尻竜典とともに、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の序夜『ラインの黄金』をセミ・ステージ形式で上演し、圧巻の演奏を披露しました。ワーグナーが望んだとおりの、100人を超える大編成ながら、神奈川フィルの響きは驚くほどクリア。火の神、ローゲを演じた澤武紀行の熱演も、公演の成功に大きく貢献しました。これからも沼尻と神奈川フィルの「横浜リング」に要注目です。


会場 | 横浜みなとみらいホール
日程 | 2025年6月21日
主催 | 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

公式サイト

写真 : Masanori Naruse

『ハンス・ジマー ライヴ』

アカデミー賞2回、ゴールデングローブ賞3回、グラミー賞5回という輝かしい受賞歴を誇るハンス・ジマーは、1990年代以降の映画音楽の一つの様式を打ち立てた作曲家です。映像がなくとも、映画の世界を聴き手の眼前に浮かび上がらせるジマーの音楽表現の凄まじさを、あらためて思い知らされる一夜となりました。


会場 | ぴあアリーナMM
日程 | 2025年5月20日
主催 | AEGX

公式サイト

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