公演の舞台裏 ―ヘアメイク編
谷口ユリエ

「舞台裏」で公演を支えるスタッフたちの「技術」をお伝えする本コーナー。今回は、KAATキッズ・プログラム『さいごの1つ前』(2022年、2023年)でヘアメイクを手がけられた、谷口ユリエさんにご登場いただきます。舞台のヘアメイクの面白さについてお話を聞きました。

聞き手・文 : 編集部 写真 : 大野隆介(*を除く)

―ヘアメイクの世界に入られたきっかけについて教えてください。

小さい頃から、絵を描くことや工作など、ものをつくることが好きでした。大学も広告をつくりたいという思いから、美術大学のデザイン学科に進学したんです。でも卒業後に自分がデザイン事務所の会社員になるという想像はまったくできなくて。就職先を探す時期には、大胆な発想が重視される一方で繊細な作業が求められる、デザイナーの仕事の難しさも目の当たりにしました。それでもやはり、「アーティスティックでユニークなビジュアルの広告」をつくってみたいというものづくりへの思いはありました。そこで興味があった「美容」と「ものづくり」を結びつけて、ヘアメイクを目指すようになりました。

最初は、職人の世界にどっぷり浸かることへの迷いがありました。でも大学在学中からメイクスクールに通い、卒業後にまずはフォトスタジオのアルバイトを始めました。その時期は、いろいろなヘアメイクさんのアシスタントとして現場に連れて行ってもらっていました。当時は3年以上の美容師経験がないと弟子にしてもらえない時代でしたが、柔軟に受け入れてくれた師匠が二人います。そのうちの一人が、舞台のヘアメイクも手がけている方でした。その師匠のヘアメイクプランで、私が初めて舞台の本番スタッフとして入ったのが、後にKAATの芸術監督となる長塚圭史さんが演出された『マクベス』(2013年、シアターコクーン)です。舞台は、さまざまな専門性をもった人たちが集まって、話し合いを重ねながら協力してつくっていくものです。『マクベス』では、その「みんなで一緒につくる」一体感みたいなものを感じることができました。大学時代に感じていたものづくりの楽しさを、久しぶりに思い出して。「これ、楽しい」と。ただそのときは、舞台のスタッフは黒い服を着ないといけないといった、舞台特有のセオリーを把握していなかったために、黒ではない服で現場に入ってしまったこともありました。慣れない現場で、皆さんに迷惑をかけたという思いもあったので、まさか自分がその後、舞台のヘアメイクをプランニングする立場になるとは想像もしていませんでしたね。

―現在は多くの舞台作品でヘアメイクを担当されていますが、どのようにしてご自身の名義でプランニングを手がけられるまでに至ったのですか?

数年間、師匠の現場に本番スタッフとして入っていました。転機は、長塚さんが出演していた『夢の劇-ドリーム・プレイ-』(2016年、KAAT)。メイク中に「こうしたほうが良いんじゃないか」と、師匠のメイクプランを変えようとしてしまったことがあったんです。本来、プランナーが考えたデザインを変えるのはご法度ですが、現場にいるからこそ気がつくこともありました。それを長塚さんが面白がってくださったのかどうかはわかりませんが、「君はプランナーになりたいわけ?」とおっしゃったのを覚えています。その後、KAATでの長塚さん演出作品『作者を探す六人の登場人物』(2017年)でプランナーとして呼んでくださいました。「私でいいんだ」と驚きつつも、それまで溜めてきた「やりたいこと」をすべて出し切ろうという思いで挑みましたね。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『作者を探す六人の登場人物』 *写真 : 岡 千里
「自分のビジョンをもっていたら、きっとどこかで一緒にものづくりをしたい人が現れる」と話す谷口さん

―KAATで上演された『さいごの1つ前』では、ヘアが印象的でした。どのようにプランニングされていったのですか?

演出家の松井周さんからいただいたリクエストは、「エラーのある世界」。髪型からも「エラー」を感じとれるようなプランを出しました。髪色が2色だったり、少し前髪が欠けていたり、おさげが片方短かったり。

いつも演出家からはざっくりとした要望をいただき、そのなかでイメージを膨らませて、役者一人ひとりのプランを考えていきます。大事にしているのは、役者さんと衣裳に合っていること。台本を読んでから、キャラクターの性格や癖などを頭に入れたうえでいくつかプランを考え、最後は衣裳プランに合わせて細部を詰めていきます。衣裳を見てから感覚的に思い浮かぶことも多く、薬丸翔さんが演じるミチロウの髪型は、まさに衣裳を見たときに想像した髪型でした。衣裳合わせの日には、何パターンか用意していくようにしています。

『さいごの1つ前』では衣裳プランナーから髪型に対する要望もあったので、それをもとに忠実につくったものと、かたちをアレンジしたものなど、3パターンのウィッグをつくって持っていきました。

『さいごの1つ前』で実際に使用したウィッグ。左から、マリン(湯川ひな)、カオル(白石加代子)、ミチロウ(薬丸翔)

ヘアメイクのプランを考えるとき、なんとなく自分のなかにセオリーみたいなものもあるんです。下が小さければ上は大きくしたい、つまりタイトな衣装であれば髪型は大きくしたい、といった具合です。色味や質感も大事にしていますね。衣裳と美術の色味を見て、補色が入っていたほうが良ければ補色を、同系色でまとめたほうが良い場合は同じような色を選びます。

ヘアに関しては、ウィッグと地毛のどちらを使用するかという選択もありますね。もちろん演出家の要望や舞台の内容に応じての提案になりますが、ウィッグのほうが色やかたちはつくりやすく、演出家や役者が想像しやすいという良さがあります。でも舞台の邪魔になるような違和感は出したくないので、なるべく“カツラっぽさ”を無くす工夫をするんです。ツルツルした化繊独特の風合いを消すために、粉を振ってマットな質感に仕上げたり、わざとトップに短い毛をつくったり。高温のアイロンを使って髪をチリチリにさせてみたこともあります。また、役者よりも複雑な動きが多いダンサーには、パフォーマンス中の動きと汗に耐えられるヘアメイクを提案していきます。メイクに関しては、落ちにくいメイクを日々研究していますね。

KAATキッズ・プログラム2023『さいごの1つ前』本番の様子 *写真 : 宮川舞子

―舞台のメイクには、そのほかにどんな特徴がありますか?

舞台のメイクは、より演出的になりますね。たとえば一般的に人のお顔立ちを綺麗に見せるメイクにおいては、眉頭は小鼻の真ん中の延長線上が一番理想的な位置だと言われますが、舞台ではわざと眉間を狭く見せるメイクをすることで、いつもイライラしている神経質な人を演出することができるかもしれません。舞台のメイクは美しくするだけでなく、キャラクターをつくるという役割もある。『さいごの1つ前』で言えば、ナルシストな役柄だったミチロウは、下まつ毛を強調するデザインにしました。

キャラクターをつくることのほかに、表情がわかりやすく見えるような工夫が必要なのも、遠目で観る舞台ならではですね。湯川ひなさんが演じるマリンちゃんは、表情を大きく見せるために、黒目の上下だけにアイラインを引くというテクニックを使いました。

舞台メイクは陰影を強調させるイメージがあるかもしれませんが、会場の大きさや照明のデザインによっては、陰影を強調しすぎないほうがいいこともある。そういった様々な要素が絡み合うなかでものづくりできるのが、この仕事の醍醐味ですね。

ヘア&メイクアップアーティスト

谷口ユリエ[たにぐち・ゆりえ]


ヘア&メイクアップアーティスト。武蔵野美術大学卒業後、専門学校等を経て美容師免許取得。マロンブランド太田年哉・稲垣亮弍に師事し、独立後フリーランスとして広告、雑誌、舞台、化粧品監修、ウィッグ製作など多方面で活躍中。

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