物語が生まれる場所

美術家

小金沢健人

県民ホール・KAAT・音楽堂の3館の主催事業で、企画展やイベントの演出を行った実績をもつ小金沢健人さん。

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歌手・アーティスト

コムアイ

「水曜日のカンパネラ」初代ボーカルとして活躍し、脱退後も音楽活動にとどまらず多ジャンルで活動するコムアイさん。

これまでも交流のあるアーティストのお二人による、「土地の物語」にひもづくクロストークです。

「土地とは何か」という問いからスタートし、お二人ならではの視点が行き交う対話を、お楽しみください。


小金沢健人 こがねざわ・たけひと

1974年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後1999年に渡独、2017年までベルリンを拠点に活動。初期の制作コンセプト「ドーナツの穴を手に入れるためにドーナツをつくる」から、近年の劇場空間を使ったインスタレーション/演出まで、一貫して空白や空虚と関わってきた。当財団では県民ホール(2008)、KAAT(2019)で個展を開催。デビューは横浜市民ギャラリーでのグループ展(1997)。

コムアイ

1992年生まれ、神奈川育ち。「水曜日のカンパネラ」の初代ボーカルとして国内外で活躍し、音楽活動のほかにもモデルや役者、ナレーターなど様々なジャンルで活動してきた。2021年9月に同ユニットを脱退後も意欲的に活動を続け、環境問題を扱うプロジェクトや、アートプロジェクトへの参加など、アーティストとしても多くの実績をもつ。


土地と場所と空間の違い

小金沢
コムアイさんとは、これまでもいろいろなイベントですれ違っていますね。僕もプロデューサーとして参加した東京のイベント※1で、コムアイさんにパフォーマーとしてご出演いただいたことがあって。その時に、ただの展示の「空間」がコムアイさんの存在によって「場所」に変わったのを感じました。

コムアイ
5階建てのビルの最上階から踊りながら下りていき、最後は六本木の街なかへ裸足で走って行きましたね。今でもそこを通ると「あの生け垣に上ったな」と思い出します(笑)。場にひもづいた思い出をつくっていくのが好きですね。

小金沢
僕は普段、意味づけをしたり加工をしたりして「空間」をつくる仕事をしていますが、「場所」は自分の力では動かせないもののように感じていて。でもコムアイさんのパフォーマンスには、「場所」を動かす力がありました。

コムアイ
そう感じていただけて、ありがたいです。小金沢さんは「場所」と「空間」の違いについてどう考えていますか?

小金沢
空間と土地と場所って3つに分けて考えていて、「空間」は目を閉じていても想像できるようなもの。頭のなかでつくれてしまう。逆に物理的に動かせないのが「土地」。地面とか大地です。そして「場所」っていうのは空間と土地のあいだに一時的に立ち上がるものなのかなと考えています。土地も空間も計測できるけど、「場所」って数値化できないし、時間の経過とともに変化していくんです。「場所」はまた、そこに人が関わることで「物語」が生まれるところだといってもよいのかもしれません。生まれた「物語」は「空間」にも伝わりますけど、「土地」にくっついて長く保存されることもある。

コムアイ
「場所」より「土地」と言ったほうが“地層”を感じますね。そこに積み重なってきた「物語」を含むものになる。「空間」と「場所」は、出現したり消えたりできるものですね。「場」にすることはできるけど、「土地」にすることはできない。「空間」をつくることは、確かに私の得意とする仕事ではないかもしれません。興味はあるのですが、ライブをやる時なども美術さんなどほかの方にお任せしてしまいます。私は歌ったり踊ったりして、音楽や身体で「場」をつくっているのかもしれませんね。

インドに歌の先生がいて、定期的に通っているというコムアイさん。本インタビューの翌々日からもインドへ行かれたそうです。

民俗学的な視点で「土地」を訪れる

小金沢
コムアイさんは「土地」に惹かれるように、いろいろなところに行かれていますよね。屋久島とか、アイヌ文化のある北海道など。

コムアイ
日本でどこかに行く時には、より楽しむために民俗学的な視点をもつことを意識しています。自分と同じようにその場に惹かれた人たちが語ってきた物語や歴史が、民俗学には詰まっているから。そういった先人たちのログを知りたいし、手がかりにしたいんです。

小金沢
ログのなかには、図書館やネットで調べても出てこないものもたくさんありますよね。

コムアイ
現地でお話し上手な方に出逢えると最高ですね。結構あちこちに行って、インプットばかりしているんですけど、作品にできていないんです。アーティストとしてはだめだめで、もったいないことをしています(笑)。

小金沢
偶然ですが、京都の貴船神社に行った時、ヘッドホンが置いてあって。「なんだこれは」と思ったら、コムアイさんとオオルタイチさんの作品でした。すごく面白かったです。

コムアイ
ありがとうございます。その場に行って、どこかピンとくるものが貴船神社にもありました。日が暮れてから奥宮に足を踏み入れた時に、人を惑わすようないい香りがしたんです。奥宮の地下には穴があり、龍神※2が眠っているといわれています。湧き出る水のように、その龍穴(りゅうけつ)のなかから飛び出て川の水となって流れていく姿に想像をふくらませ、声や貴船でフィールドレコーディングした音をミックスし、濁流のような音源ができあがっています。この前、コロナが落ち着いてきて初めて貴船で聴くことができたのですが、あらためて聴くとなかなか面白い音源でした(笑)。

小金沢
何かが憑依した音としか言いようがないんだけど(笑)。

当財団との縁が深い小金沢さん。2022年3月には「子どもと大人の音楽堂〈大人編〉音楽堂のピクニック」を、Kenj“i Noiz” Nakamuraさんとともにディレクションしました。
当日のレポートと小金沢さんのコメントは「音楽堂のピクニックREPORT」にて。

特別な場所が発するもの──
何かが“ある”のではなく“ない”場所の魅力

小金沢
僕にも、ここは特別だなと思った場所の経験があります。宮古島の御嶽(うたき)※3に、カメラを携えて行った時でした。何もない鬱蒼(うっそう)とした森のなかがきれいに掃き清められていて。それを見た瞬間に「カメラで撮っていいものじゃない、人が立ち入ることもできない」と感じたんです。そうしたら近所のおばさんが、窓からこちらをじっと見ていた。「やっぱり何もしなくてよかった」と思いました。特別な場所は、明らかに何かを発していますよね。

コムアイ
私は霊感がないのですが、心地よい場所や、特別な場所、と感じることはあります。惹かれるのは「場」ではなく、「人」なのかもしれません。御嶽には私も行ったことがあって、誰かが掃き清めた痕跡に感動を覚えました。この場所を大切にしている人たちの気持ちが、そこにあると感じたんです。「場所」として好きなのは、何かが“ある”場所ではなくて、“ない”場所です。御嶽も社やしろがありませんよね。ぽかーんと空いた場所が、何かの去った跡を感じさせ、訪れるものを待っているようでもあり。

小金沢
例えばネット空間にも、やっぱり「場所」があるんでしょうね。WEB“サイト”って言うぐらいだから。リアルな街なかだと、店がオープンしてもすぐつぶれてしまう一画があるけど、ネットのなかにもそういう場所があったら面白いですね。

コムアイ
場所を移動する時って、嗅覚も大事だと思うのですが、ネット空間だと匂いがしないんですよね。リアルでも、イヤホンをしていると車や人の気配が感じられにくくなるのと同じで、マスクをしていると、どこからどこに移動しているかを捉える感覚が鈍くなります。

小金沢
どこかに行って帰ってくる時って、行きと帰りで違う道を通りたくなりませんか? 例えばそれが、柱のこちら側とあちら側、というぐらいのちょっとした差だとしても。あれってなぜでしょうね。

コムアイ
わかります(笑)。勘ですけど、脳によいからじゃないでしょうか。平たい場所を歩くのも脳によくないと思っています。でこぼこの場所を歩くと、頭をマッサージされている感じがしませんか? 山に入ると気持ちがいいのは、空気がいいこともあるけど、それが大きいんじゃないかな。

小金沢
山に入ると、なんとなくは歩けませんよね。身体が考える。

コムアイ
身体が考えることはすごく大事ですよね。頭でっかちにならないために。

富士の樹海にある洞窟で、光の絵を描くパフォーマンスを行った経験をもつ小金沢さん。洞窟絵画の時代には、絵を描く空間として洞窟が大切にされていたと指摘します。「地下鉄の落書きとかも、ある意味でプリミティブな衝動かも」。
川崎市宮崎台出身のコムアイさん。小学校での思い出は、花桃を育てる農家さんへの社会科見学。花桃を保存する土のなかの穴、「花室」が印象に残ったそうです。「洞窟や穴、何もない場所が気になるのは昔からですね(笑)」。

もっと想像力に頼っていい

コムアイ
「土地」には地理的なポイントがもちろんありますが、人のなかにも土地があるのかもしれません。その人自身がもっている地図のなかに、いろんな土地がある。土地を捉えることは、ある意味で曖昧なことだから、ある場所でした体験が、別の場所にねばっとくっついてしまうこともあると思うんです。

小金沢
実際には行かなくても、その土地を想像することは面白いですよね。

コムアイ
美術や舞台、何でもそうですが、特に文学は想像力をふくらませることに長けていますよね。土地をリサーチして作品をつくる時、「そこに行って感じないと始まらない」といつも思うのですが、実際に行ってからつくっても、行く前にもっていた構想とあまり変わらない、ということがありませんか?

オオルタイチさんと屋久島からインスピレーションを受けた音源やMVを制作するプロセスで、それを感じました。まだ一度も行っていない土地にも、気持ちを研ぎ澄まして向けることで、受け取れるものがあると思うんです。

小金沢
ほんとうにそうだと思います。僕も沖縄を題材にした舞台作品に関わった際に、現地で取材しても、思っていたようないい画が撮れなかったんです。でも東京に帰ってきて、自宅のプランターに生えている雑草を見ているうちに、ここにも“沖縄”があるんじゃないかなと思ったんです。その場に行かないと撮れないものももちろんあるけど、想像力でつくれるものもいっぱいありますよね。

聞き手・文 : 編集部 写真 : 加藤 甫

※1

「 ENCOUNTERS × ENCOUNTERS」(ANB Tokyo、2020年10月10日)。

※2

貴船神社には「山上の龍神 : 高龗神(たかおかみのかみ)」と「谷底暗闇の龍神 : 闇龗神(くらおかみのかみ)」が祀られているとする説がある。一説には、天から降ってくる恵みの雨と、地中から湧き出る泉を表しているといわれている。

※3

沖縄で神を祀る聖所。地域共同体に一つ以上の御嶽がある。地元の人でも簡単に立ち入ることができず、男性は入ることができないものも多いが、観光客を受け入れているものもある。

次 ▶︎ 子どもと大人の音楽堂〈大人編〉音楽堂のピクニックREPORT

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