新型コロナが問いかける国際文化交流 ―TPAM/YPAMから考えたこと

吉本光宏(ニッセイ基礎研究所 研究理事)

観客全員がマスクをつけ、開演中はもちろん、開演前も開演後もひと言も言葉を交わすことがない。今も続くコロナ禍の劇場ではよく見られる光景だ。だが、通常とは異なるその観劇スタイルが、作品のもつメッセージをより深く、リアルにさせる体験をしたことがある。2021年2月、TPAM2021において、KAAT大スタジオで上演された福島三部作である。

この作品はオンラインのライブ配信、録画配信、そして劇場での鑑賞という3つの形態で観客に届けられた。英語字幕つきのライブ配信には20台のカメラが使われ、客席からのアングルだけではなく、舞台の上部や背後からも撮影され、オンラインでも舞台の臨場感を伝えるべく最大限の工夫が施されていた。本作は、福島で生まれ、原発で働く技術者を父にもつ谷賢一が書き下ろした6時間の大作で、2020年に岸田國士戯曲賞を受賞した。筆者は、双葉町が原発誘致を進めた第一部『1961年 : 夜に昇る太陽』をライブ配信で、チェルノブイリの原発事故に揺れる第二部『1986年 : メビウスの輪』を録画配信で、そして東日本大震災・福島第一原発事故後の第三部『2011年 : 語られたがる言葉たち』を劇場で鑑賞した。

震災から10年目にあたる2021年に、「TPAMディレクション」としてこの作品の再演を実現させたTPAMの姿勢に大いに共感した。本来なら、日本全体で東日本大震災をもっとしっかりふりかえるべきところ、メディアばかりか我々自身の関心も新型コロナ一色になっていたこと、そしてコロナ禍で公演を行うこと自体が容易ではなかったからである。

録画配信は、映像記録を見ている感じがしたが、ライブ配信は、自宅デスクのディスプレイでも、まさしく今、行われている公演を、時折映像に映る観客と一緒に観ている、という感覚をもつことができた。

そして、KAAT大スタジオの客席で鑑賞した第三部。冒頭に記載したとおり、マスク姿の無言の観客たちの存在によって、谷賢一や俳優たちが伝えたかったことが否応なく突きつけられ、様々なことを考えさせられる、そんな舞台体験となった。そして、舞台芸術は、俳優や観客が一体となって、舞台美術や照明、音響とともに、同じ空間、同じ時間を共有することでしか真の価値を受け取ることができない、ということをあらためて実感した。

福島三部作の動員数は、来場が1040名。オンラインの鑑賞者数は1528人で、26の国と地域から平均値で常時286人が視聴していたという。決して多い数字とはいえないし、オンラインでの視聴が劇場と同じ強度をもつものだったかどうかは疑問だ。しかしその公演によって、この作品の「国際的」なプレゼンスは高まったに違いない。TPAMの参加者には国内外の舞台芸術界のキーパーソンが少なくないからだ。

新型コロナは芸術文化に甚大な影響を与えたが、とりわけかつてない苦境に立たされたのは国際文化交流であろう。国境を越えるアーティストの移動が制限され、海外からの招聘公演や国際共同製作などは、のきなみ中止や延期に追い込まれた。が、TPAMのような国際的ネットワークや中間支援組織への影響は、それらとはまた質が異なるはずだ。

個別の事業の中止、延期ということにとどまらず、そもそも舞台芸術における国際交流とは何か、そのことにどんな意義があるのか。新型コロナによってその問いかけにより深く向き合わざるを得なくなったと思うからである。

実際、昨年12月に開催されたYPAM2021では基調講演に「無国籍」というテーマが設定された。日本語、英語、中国語を一人で操りながらが語った無国籍者としての彼女自身の経験と問題提起は極めて刺激的だった。さらに、陳が生まれ育った横浜中華街でのリサーチの成果を発表した“中国新生代”の振付家/パフォーマンス作家のヤン・ジェンは、中華アイデンティティとローカル・アイデンティティのあり方を探る連作プロジェクト「Jasmine Town」に取り組み、次回のYPAMで世界初演する予定だという。

新型コロナはグローバル化の進展した現代社会に分断をもたらした。しかし、それと軌を一にするように登場したZoomやMicrosoft Teamsなどのオンライン会議のシステムは、インターネットの仮想空間とは違う、かといってリアルでもない新しいコミュニケーション空間をウェブ上に出現させた。世界的なパンデミックがその普及を後押しし、国境や時差とは無縁の便利なツールとして、国際交流の概念を変容させようとしている。

しかし、そうした簡便な方法が日常化すればするほど、人々が物理的に国境を越えて移動する国際文化交流の重要性は高まるに違いない。と同時に、その必要性が厳しく問われることも事実だろう。生身の身体で表現する舞台芸術の国際交流にはまさしくそれが当てはまる。

YPAMの丸岡ひろみディレクターは、トークセッションで「(新型コロナによって)国境を越えることが特別なことになってしまった。しかし、舞台芸術がライブパフォーマンスである以上、アーティストの移動を妨げるべきではない」と語った。

新型コロナは、国境を越えたアーティストの移動を阻止し、「国境とは何か」という問いを我々に突きつける。しかし、その苦境を乗り越えた先に、国際文化交流の意義、そして芸術や文化そのものの新しい価値や可能性が見えてくる、と信じたい。

吉本光宏[よしもと・みつひろ]


1958年生まれ。文化施設開発やアート計画のコンサルタントとして活躍。文化審議会委員、東京2020組織委員会文化・教育委員、東京芸術文化評議会評議員、(公社)企業メセナ協議会理事などを歴任。主な著作に『文化からの復興—市民と震災といわきアリオスと』(水曜社、2012年)など。

TPAM/YPAMについて

2011年から11年間横浜で開催されてきたTPAM(国際舞台芸術ミーティングin横浜)は、アジアで最も影響力のある舞台芸術プラットフォームの一つとして国際的に知られる。2021年12月にはYPAM(横浜国際舞台芸術ミーティング)として開催。

TPAM公式サイト
YPAM公式サイト

福島三部作の再演について

福島三部作の再演は、文化庁と芸団協による文化芸術の再興支援「JAPAN LIVE YELL project」として実現。緊急事態宣言のなか、終演時間の繰り上げや座席間隔を空けての実施となり、3回の夜公演は無観客、9回の昼公演は通常の約半分の客席数となった。チケットは早々に完売、キャンセル待ちの出る状況だった。

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