街の物語から都市をデザインする―桂 有生(横浜市都市デザイン室 都市デザイナー)

横浜はたくさんの物語をもつ街です。1859年の開港をきっかけにして発展してきた横浜は、決して長い歴史を誇る街ではないものの、その少し特別な歴史を愛して「神奈川県から来ました」とは言わない市民が、身近な物語を声を大に伝えてきた街でもあります。

歴史を大事にする一方で、諸外国から多くの文化を受け入れ、吸収してきた横浜は、新しいものやことに敏感な街でもありました。そのハマっ子の「進取の気質」は、ガス灯や鉄道、ドリアにテニスと、たくさんの“初めて”の物語をもっています。

横浜はまた、多くの困難から立ち上がってきた街でもあります。横浜大火や関東大震災、第二次世界大戦の空襲と、その後の接収。焼け跡から立ち上がるたびに、横浜をより良い街にしようと努力する人たちがいました。僕が横浜市役所のインハウスのデザイナーとして関わっている「都市デザイン」という取り組みも、接収で立ち遅れた横浜都心部復興のさなかに、デザインで横浜をより良い街にするという、強い意志で始まったのでした。横浜が都市デザイン専門のチームをつくったのは1971年。その当時、都市デザインに取り組む自治体は日本で初めて、世界的に見ても新しい取り組みであり、それ自体、横浜の進取の気質の表れといえます。

今年の3月にその50年を振り返る展覧会「都市デザイン横浜展 ~個性と魅力あるまちをつくる~」を開催したのですが、大変好評で1万人を超える方にお越しいただいたことは、うれしい驚きとなりました。展覧会のタイトルにもなっているのですが、横浜の都市デザインは「個性と魅力ある、人間のための都市・横浜をつくる」ことを目指しています。人間のため、とは車や経済でなく、人間が幸せになるための街を目指すという宣言で、横浜の都市デザインの本懐ともいうべき考え方です。文中の「個性」とは横浜の開港以来の歴史、積み重ねてきた横浜らしさを大事にすること。「魅力」とは新しく、多様な横浜らしさをつくること。この二つの横浜らしさを組み合わせることによって、市民に愛される街をつくることが、横浜・都市デザインのミッションとなっています。

2022年3月開催「都市デザイン 横浜展 ~個性と魅力あるまちをつくる~」会場風景

では、都市をデザインするとは実際、どういったことなのか。大さん橋から見たみなとみらい地区の姿は、多くの人が「横浜らしい」と感じる風景だと思います。この風景を事例にして都市デザインの工夫を種明かししてみましょう。

手前の海面の向こうに、開港の歴史を今に伝える赤レンガ倉庫。赤レンガ倉庫は、商業や文化施設として「使うことで残した」歴史的建造物。新しくつくることができないという意味で、歴史的建造物の転用は横浜にしかない強烈な個性を放ちます。また、赤レンガ倉庫のある新港地区では、周辺の建物も赤レンガ倉庫に合わせて茶系で低層にそろえて街並みを整えています。そしてその先にはランドマークタワーを筆頭に、高層建築が建ち並ぶ近代的な景色。市民が横浜で働くためのオフィス街として計画されたみなとみらい21中央地区です。高層建築は白系に統一され、ランドマークタワーを頂点として街全体が美しいフォルムを描く風景を打ち出すことで、横浜の新しさを象徴的に表現しています。また、この風景の視点場となっている大さん橋も、複雑な曲面が地形のように連なる、21世紀になって初めて実現可能となった、新しい建築です。このように新しい建築と歴史的建造物を意図して交互に重ね合わせた風景は、お互いのコントラストを高め、際立たせることで、歴史と進取の気質、多様性や柔軟性といった横浜の個性と魅力を表現しています。

戦後の技術の発展によって、街は地域固有の素材や技術から自由になり、コンクリートやガラスといった世界中で同じような技術、工業製品によって都市がつくられるようになっていきます。大量に供給できるといった良い側面がある一方、ユニバーサルな技術が土地の個性や特徴を覆い隠して、画一的な街を生み出していった側面を見逃すわけにはいきません。横浜の都市デザインは、そういった画一性に異議を唱え、街固有の記憶を掘り起こし、新しいかたちでもう一度都市に還元していく「技術」です。都市デザイン自体もまだまだ新しい技術。この技術をより一層磨くことで、これからもハマっ子が「横浜から来ました」と言い続けたくなるようなまちづくりを支えていきたいと思います。

桂 有生[かつら・ゆうき]


東京藝術大学卒業後、建築家・安藤忠雄、山本理顕に師事。2007年より専門職として横浜市都市デザイン室に所属。主なプロジェクトに横須賀美術館(山本理顕設計工場)、象の鼻パーク、横浜市新市庁舎デザインコンセプトブック(横浜市都市デザイン室)、OPEN WEDDING!!など。

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