よこはま動物園ズーラシア(神奈川県・横浜市)

「アジアの熱帯林」「オセアニアの草原」など複数のゾーンに分かれ、世界を旅するように楽しめる「よこはま動物園ズーラシア」(以下ズーラシア)。繁殖などの研究にも取り組んでいます。2021年には国の天然記念物であるツシマヤマネコの人工授精にも成功し、世界から大きな反響を呼びました。人間の営みと動物の関係にまつわるお話を、村田浩一園長に聞きました。

ツシマヤマネコはズーラシアで見られる[日本の山里ゾーン]

日本で初めてオカピを公開したことでも知られる、国内でも最大級の動物園・ズーラシア。「横浜動物の森公園」のなかにあり、森林と一体になった自然豊かな環境が魅力です。

動物園に行って目の前の動物をかわいいと感じ、「大切にしよう」と優しい気持ちをもつことは、実は自分たち人間の生活や社会を大切にすることと深くつながっています。地球環境のなかで人間が生き延びるためには、生物の多様性が維持されていることが重要だからです。「地球は生物の絶滅も経験しており、何万種もの生物が生まれては消えました。ただ当時は一種が滅びるのに数万年~数十万年かかっていた。それが産業革命以降、種が絶滅する期間が急速に早まったんです。1日に100種といわれるようになり、今は数時間に一種が滅びているという説もある」と村田園長は指摘します。

人間以外の種が滅び、生物の多様性が失われた時に何が起こるか。本来、野生動物についていた病原体が、人間をターゲットにするようになる。また開発のために人間が森林地帯へ立ち入ることで、野生動物との接触機会が増える―。こういった要因が絡み合い、スペイン風邪ウイルスから新型コロナウイルスに至るまで、もともと動物がもっていた病原体が人間の生存環境を脅かすようになりました。

ズーラシアが人工授精に成功したツシマヤマネコは、東アジアから東南アジアのベンガルヤマネコにルーツをもちます。長崎県・対馬で孤立した当時は、森林でネズミや野鳥などを追いかけて生きていました。肉食獣が生きるためには、餌となる生物、さらにその餌となる生物が生きられる環境が整っている必要がありますが、次第に対馬でも開発が進み森林が伐採され、ツシマヤマネコの餌となる生物が生きにくくなりました。そして産業道路などでは、ツシマヤマネコの交通事故、いわゆるロードキルが多発。1998年には絶滅危惧種に指定され、現在は10‌0頭程度しか生存していないともいわれています。

ツシマヤマネコの人工授精への取り組みについて村田園長は「動物が自然の摂理で滅びることを止めたいとは思いません。ですが人間の活動によって滅んでいくことは、何らかのかたちで阻止しなくては」と思いを語ります。人工授精だけでなく、希少動物の精子や受精卵を凍結保存して未来の技術に託すなど、世界中の動物園があらゆる手段で様々な動物の種を守る研究をしているそうです。

ズーラシアでは毎年半年間にわたって月1回、ズーラシアスクールという小学校中高学年の子ども向けのプログラムを開いています。「本気になれば地球も救える」と村田園長。「政治や経済で何かを変えていくことは難しい。最終的には一人ひとりが自分の生活を見直していくしかないでしょう。そのための保全教育も重要です。未来を担う子どもたちに、自然や動物の価値を伝えていきたいですね」。

コラム

人間の戦争に巻き込まれた動物たち

ベトナム戦争では枯葉剤によって甚大な森林破壊が起こり、生息していたアカアシドゥクラングールが多くの命を落としました。動物愛護の国といわれるイギリスも、ペンギンの貴重な生息地であるフォークランド諸島を紛争で爆撃したことがあります。そしてウクライナにはアスカニア・ノヴァ自然保護区があり、絶滅しかけていたヨーロッパバイソンを復活させた歴史がありました。その活動にはロシアも協力していたそうですが、ロシア・ウクライナ戦争ではウクライナの豊かな自然環境にも、甚大な被害が出ています。

「人間は戦争になると、これまで大切にしてきたことを忘れてしまうんです。プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を超えてしまったのは人間が自ら引き起こしたこと。生物たちの進化に、果たして人間は適応しているといえるのでしょうか」と村田園長。地球環境について私たち一人ひとりができることを、立ち止まって考えていかなければなりません。

インドゾウ。50年後に絶滅するという説も[アジアの熱帯林ゾーン]

よこはま動物園ズーラシア

「生命の共生・自然との調和」をメインテーマに掲げるよこはま動物園ズーラシア。日本最大級の広大な敷地に世界の希少動物を数多く飼育し、その生息環境を再現している。園内は世界の気候帯・地域別に8つのゾーンに分かれており、世界一周の動物旅行を楽しむことができる。
公式サイト


取材・文 : 編集部
写真 : 加藤 甫

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