持続可能な観光地を目指して 箱根町の取り組み

神奈川県民にとって、最もポピュラーな観光地の一つである「箱根」。ポーラ美術館をはじめ、自然とともに芸術文化に触れられるスポットもたくさんあります。そんな箱根町が今「サステナブルツーリズム」に取り組んでいることをご存じでしょうか? 2022年にはグリーン・デスティネーションズによる「世界の持続可能な観光地トップ100選」に、箱根町が選出されました。箱根DMO(一般財団法人箱根町観光協会)専務理事の佐藤 守さんに、お話を伺いました。

取材・文 : 編集部

箱根町が抱えてきた課題

「箱根町は少子高齢化のトップランナー。約60年前には2万5千人ほどだった人口が、現在は1万2千人を切っています」と佐藤さんは切り出します。観光地であり、そこに住まう人々の生活の場でもある箱根。日本中の多くの自治体と同じく、人口減少は町の存続に関わる喫緊の課題でした。火山帯に位置することもあり、一次産業や二次産業がない箱根では、観光業が町の財源の命綱となっています。

佐藤さんが専務理事を務める箱根DMO(一般財団法人箱根町観光協会)は、箱根町観光協会と、財団法人箱根町観光公社が統合した組織。「町全体を一つの会社と考えて、町の課題を挙げる。それらを官民一体ALL箱根で、観光面で取り組んでいます」と佐藤さんは話します。箱根DMOは箱根町の現状に対し、サステナブルに資する取り組みを「課題設定」して、「つたえる」活動をしています。

前述の課題を抱えている町ですが、なぜ箱根DMOはサステナブルにかじを切ったのでしょうか?箱根は、首都圏から一番近い観光地。そのため特に「欧米豪」からの観光客が最初に訪れる“日本のリゾート温泉”になることが多い地です。近年それらの国々は、環境に対する意識が高い。そのためサステナブルツーリズムに取り組むことは、観光客に町への親しみを感じてもらうことにつながります。さらにはZ世代と称される若者たちへのアプローチ。小学校の教科書にもSDGsが登場し、若い世代の環境問題への関心は急速に高まっています。

これらの層を中心に、箱根DMOは多世代へ向け「サステナブルツーリズム」を発信しています。その具体的な取り組みの事例を見ていきましょう。

「ペットボトル水平リサイクル」と「バイナリー発電」

「ペットボトル水平リサイクル」とは、ペットボトルをペットボトルとして再利用するシステムのこと。箱根DMOが、国立公園オフィシャルパートナーと協働して取り組んでいます。

水平リサイクルの実現のためには、ラベルやキャップを取り外し、中身がきれいな状態で捨てる必要があります。「そういった小さなリサイクルへの意識は、皆さんもご家庭やオフィスではできているかもしれません。しかし意外と街なかのコンビニなどでは、できていないのではないでしょうか」と佐藤さんは指摘します。

箱根DMOでは、啓発ポップの作成や、ペットボトルの状態が外から見える「透明リサイクルボックス」の設置を行ってきました。この結果、事業ゴミでは、水平リサイクル用のペットボトル数が大幅に増える効果も見えてきたそうです。「実効性を上げることはもちろんですが、指針になることが大切だと考えています。『箱根では水平リサイクルをきちんとやっています』となれば、この地を訪れた観光客が、自分の街に帰ってもやってくれるかもしれません。今はそのきっかけづくりの段階です」。

透明リサイクルボックスが置かれている様子

持続可能なエネルギーについても、世界中で様々な取り組みが見られます。箱根では、温泉蒸気を使用したバイナリー発電が挙げられます。火山帯である箱根では、マグマから湧き出る熱い水や水蒸気から温泉水ができますが、実際に活用しているのは湧き出る蒸気の2割ほど。「残りの8割は、これまで空気中に捨てられていました。そこで捨てられるはずの蒸気でタービンを回し、電気をつくるバイナリー発電に着目したのです。地下から蒸気を取り出す“井戸”=蒸気井(じょうきせい)をいくつか所有している『箱根湯の花プリンスホテル』で、2023年6月から導入しました」。

箱根湯の花プリンスホテルはバイナリー発電設備を導入することで購入する電力量を抑え、CO2排出量の削減とカーボンニュートラルに向けた取り組みに寄与しています

箱根湯の花プリンスホテル バイナリー発電施設(PR TIMESより)

世界の持続可能な観光地トップ100選に選出

箱根DMOが町のことで何かを決める時、合意形成を図るのが「箱根DMO戦略先進委員会」です。このプラットフォームには事業者や旅館、各地域の観光協会など、箱根町で活動する様々な団体が集まり、戦略を立て実行しています。

ここに「『世界の持続可能な観光地トップ100選』を認証している団体があるらしい」と話をもちかけたのは、箱根町出身のプロガイド・金子森さんでした。これをきっかけに持続可能な観光地の国際的な認証団体「グリーン・デスティネーションズ」※1への応募に向けて、議論がスタート。佐藤さんは「一から何かをやらなくても、箱根がこれまで積み重ねてきたことを中心に書けば、認証を得られるのではないかと考え応募することにしました」と振り返ります。

選出に至るまでは数年計画のプロジェクトになりました。ですがそのプロセスでは「名実ともに“環境先進観光地”になるために、活発な対話ができました」と佐藤さん。観光地としてもう一段階ブラッシュアップしていくことを目指し、今年は2回目の応募も完了しているそうです。

箱根はターゲットを絞らない

箱根DMOが制作した『車いすで巡る箱根観光MAP』

DMOのMはマーケティングのMです。箱根DMOの強みは、何をやる時も目的をしっかりと定め、成果をきちんと把握すること。一方で佐藤さんは「マーケティングではターゲットを絞ることが重要視されますが、箱根町はターゲットを絞らない。誰にでも満足していただき、また訪れたいと思ってほしいから」と話します。

普段旅行に行きにくい車椅子の方や、小さい子どもにもフレンドリーな観光地であることは、箱根町が大切にしてきたテーマです。2022年からスタートした「ユニバーサルツーリズムプロジェクト」では、社会福祉協議会と協働し、各観光スポットでのバリアフリーに関する情報などを紹介する冊子を制作しました。

旅行関係の会社に長年勤め、観光業をつぶさに見てきた佐藤さん。「旅行一回にかける思いは、人によって全然違います。例えば最後の旅行になるかもしれないおばあちゃんを連れての家族旅行。箱根は首都圏から近いので、そういう目的地になる可能性が高い。だからこそ、どんな人にもやさしい観光地じゃなきゃいけないと思うんです」。

次に訪れる時には、海外の観光客から若者、車椅子の方や子どもまで、多世代に向けた箱根の「サステナブルツーリズム」をぜひ感じてみてください。

箱根町DMO 公式サイト

箱根DMO(一般財団法人箱根町観光協会)
専務理事の佐藤守さん

※1

GSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)が認定している第三者認証機関

「KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト 第二弾」では、箱根山が舞台の一つに!

2021年度に好評を博したKAATカナガワ・ツアー・プロジェクト。長塚圭史芸術監督が〈ひらかれた劇場〉を目指して県内各地をリサーチし、上演台本・演出を手がけた作品を携え神奈川県内を巡演しました。その第二弾が今年度、KAATと県内5会場をめぐります。物語の舞台は、箱根山と三浦半島。ご期待ください!


『箱根山の美女と野獣』『三浦半島の人魚姫』 
2024年2月3日(土)~2月12日(月・休) KAAT〈中スタジオ〉

【県内ツアー】

〈座間公演〉 2024年2月17日(土)、18日(日) ハーモニーホール座間
〈川崎公演〉 2024年2月21日(水) 川崎市アートセンター
〈小田原公演〉 2024年2月24日(土)、25日(日) 小田原三の丸ホール
〈逗子公演〉 2024年2月28日(水) 逗子文化プラザホール
〈茅ヶ崎公演〉 2024年3月2日(土)、3(日) 茅ヶ崎市民文化会館

公式サイト


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