2021年度の美術プログラムをふりかえる

県民ホールやKAATで展示を行った、神奈川にゆかりのある作家たちが現在、日本各地や世界で活躍しています。
その様子やパフォーミングアーツとの交流も踏まえて、2021年度の動きをふりかえります。

文 : 中野仁詞(キュレーター/神奈川県民ホール・KAAT神奈川芸術劇場)

2021年にオープンした、演劇やコンサートなどを主に行う美術館ではない施設で、二つの展覧会が開催されました。一つは、2021年10月31日開館の那覇文化芸術劇場なはーと(以下「なはーと」)そして県下では2021年9月5日開館の小田原三の丸ホールです。

なはーとの開館記念展は、塩田千春「いのちのかたち」。塩田千春は、神奈川県民ホールギャラリーでの「沈黙から」(07年)、KAATでの第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館 帰国記念展「鍵のかかった部屋」(16年)で大型インスタレーションを展示した、神奈川ゆかりの作家です。神奈川での展覧会でも、生と死という壮大なテーマを、大量の糸や窓ガラス、鍵といったマテリアルで表現し、鑑賞者に大きな衝撃を与えました。一方、「いのちのかたち」では作品のマテリアルとして、焼失した首里城の赤瓦や住民の方々から寄せられた1000通以上のメッセージ(テーマは「希望」)、沖縄の人々が使っていたおもちゃ、写真などのアイテムを赤と白の大量の糸で編み込みました。沖縄の人々の過去と現在を現代美術の文脈で紹介し、神奈川での展示とのつながりも垣間見られる展示でした。

小田原三の丸ホールで開催されたのは、4人の作家で構成されたグループ展「コネクションズ—さまざまな交差展—」。作家は、神奈川在住で動物を等身大の姿で制作する彫刻家の三沢厚彦、にぎやかでユーモアあふれる家族写真で知られ、映画『浅田家!』の主人公としても取り上げられた浅田政志、2021年のKAAT EXHIBITIONで光と映像からなる壮大なインスタレーションを制作展示した志村信裕、2014〜15年県民ホールギャラリーで、5室1300平米の広大なスペースを最大に活用し「サイエンス/フィクション」と題する個展を開催した八木良太です。小田原は、神奈川では西湘地区にあり、歴史的には北条早雲(伊勢新九郎)を祖として関東一帯を治めた北条氏の居城・小田原城があります。小田原港から水揚げされる新鮮な魚や加工品である蒲鉾、干物、そして箱根細工など水産業や工芸品も、つとに知られています。この展覧会で、浅田は、小田原市内で蒲鉾製造、干物製造の家族、商店街の仲間たち、小田原城の観光ガイド、三沢厚彦らが彫刻を制作する材木店らを取材し、まさに小田原の顔を撮影した10点の新作《小田原町人写巻》(21年)を発表。志村は、近年ドキュメンタリー作品を制作しており、この手法で市内の蒲鉾工場を取材した新作映像《Odawara Kamaboko》(22年)を制作展示しました。そして、赤い靴、木漏れ日、花火など志村がこれまで発表した映像をパフォーミングアーツの舞台美術として再構成し松岡大(ダンス)、武田直之(音楽)とのコラボレーションも開催されました。

2021年、我々の心に大きく残るイベントのトップは東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会でしょう。この一大イベントの開会式と閉会式で振付ディレクター(Director of Choreography)を務めた平原慎太郎は、2007年の塩田千春「沈黙から」を鑑賞以来、県民ホールギャラリーでの企画展における現代美術と身体とが交流する表現を模索してきました。そして「日常/ワケあり」(11年)では、ニューヨーク在住の3人の出品作家が制作したインスタレーションとのコラボレーションとなるダンスパフォーマンスで新作の「昼夜転換癖」を発表しました。その後も平原は、出品作家の一人播磨みどりを起用し作品を制作しています。この取り組みに続き、KAATでは、大量の赤い糸が張りめぐらされた、塩田千春展「鍵のかかった部屋」で塩田と平原とのコラボレーション《のぞき》(16年)が実現されています。

県民ホールギャラリーで2020年〜21年に開催された企画展、大山エンリコイサム「夜光雲」は、まだ記憶に新しい展覧会です。大山は、ペインティング、パフォーマンス、インダストリーという3つの方面で活躍を続ける作家ですが、2022年の大相撲初場所で横綱照ノ富士の化粧まわしを制作し、展示室での作品発表という美術作品の枠組みを超越した斬新な活動が話題となりました。

一般的に、美術展示を主な活動とする美術館、ギャラリーのディレクターや学芸員(キュレーター)は美術の展示を基軸に事業を展開しています。当財団では、県民ホールギャラリーという展示スペースとKAATのスタジオやアトリウムなどを活用して、美術とダンス、音楽、リーディングなど芸術ジャンルの領域横断的な企画を実施してきました。この展開の基軸となるのは芸術総監督の一柳慧、KAAT前芸術監督・白井晃、現芸術監督・長塚圭史という3人の指導力によるところが大きいといえます。劇場、ホールの名を冠された施設は、パフォーミングアーツの実現の場が一般的ですが、那覇市のなはーとや小田原三の丸ホールの事例に見られる通り、芸術監督の思想をもってジャンルを貫通する独自のソフトウエアの制作手法が、近年国内に広がってきたといえます。

これらの芸術ジャンル横断のプログラムでは次のように3つの「交流」を生み出すこととなります。

(1)美術、パフォーミングアーツのそれぞれの要素に興味をもつ鑑賞者が、同一現場でコラボレーション作品を鑑賞することによる交流。

(2)美術作品が展示される現場においてアイデアを出し合い共同で取り組む美術作家、振付家、演出家、テクニカルスタッフなど創造する者同士の交流。

(3)舞台作品を企画するプロデューサーや美術展におけるキュレーターが、時間芸術と空間芸術の交流を前提に、それぞれがセレクトするアーティストなどと企画をする際に生まれる交流。

これらの交流に通底することは、空間(芸術)と時間(芸術)が交差し、評価の定まった芸術作品の価値を再確認すると同時に、実験的な芸術作品を創造することを試み、社会のなかに新たな価値を投げかけることによって、私たちの日常に刺激をもたらしているということです。

對木裕里展「手のたびーでは いっておいで」写真 : 岩田えり

神奈川県民ホールオープンシアター2021
對木裕里展「手のたびーでは いっておいで」

對木裕里は1987年生まれ。神奈川県箱根町出身。有機的で不可思議な形状、唐突にも感じられる素材の組み合わせ、カラフルな彩色が特色の作家による展示と5月30日には、ワークショップ「つくってみよう! ちらかしと片づけのオブジェ」が開催されました。


会場 | 神奈川県民ホール ギャラリー
日程 | 2021年5月26日~6月5日
主催 | 神奈川県民ホール

写真 : 加藤 健

KAAT EXHIBITION 2021
「志村信裕展 | 游動」

KAATの中スタジオという劇場機能を活用し、「水・月・光」をモチーフに新作8点を制作展示。山形県鶴岡市にある加茂水族館で展示されているクラゲや九十九里浜から眺める満月など、生物や自然の有り様を取材し、志村独自の精鋭な視点で制作された映像群。鑑賞者は400平米の展示空間のなかでゆったりとした時空を堪能しました。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
日程 | 2021年9月9日~10月8日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場

開館30周年記念
「物語る 遠藤彰子展」

神話的世界や物語性を内包した1000号や1500号などの大型作品を中心に、新作を含め、数々の代表作品を紹介。圧倒的な存在感と深いストーリー性を秘めた遠藤独自の世界を表現しました。1986年に、《遠い日》により画家の登竜門とされる安井賞を受賞し、常に大作を描き続ける画家の代表作が一堂に展示され、鑑賞者は遠藤の世界に包みこまれているようでした。


会場 | 平塚市美術館
日程 | 2021年10月2日~12月12日
主催 | 平塚市美術館

Artists in FAS 2021滞在制作風景 写真提供 : 藤沢市アートスペース

「Artists in FAS 2021入選アーティストによる成果発表展」

藤沢市アートスペース(FAS)の制作・展示支援プログラム「Artists in FAS」。2016年にスタートし、今年度で6回目を迎え、若手作家の4名、井上拓哉、栗田大地、宙宙、羅絲佳が制作滞在し、新作を展示しました。このレジデンス・プログラムは、絵画、立体、インスタレーション、パフォーマンスなど、表現ジャンルが問われない公募で、外部審査員による審査のもと、選出されたアーティストに作品の制作と展示の機会が与えられます。


会場 | 藤沢市アートスペース
日程 | 2021年10月23日~2022年1月16日
主催 | 藤沢市、藤沢市教育委員会

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