2022年上半期の美術プログラムをふりかえる

豊かな自然と活気溢れる都市が共存する神奈川県には実に様々な美術館があります。

2022年上半期に開催された展覧会から選りすぐっていくつかをふりかえります。

文 : 住吉智恵(アートプロデューサー/ RealTokyoディレクター)

ポーラ美術館ではアメリカの現代美術を代表するアーティスト、ロニ・ホーンの日本の美術館で初となる待望の個展が開催されました。知的でコンセプチュアルでありながら、凛とした美しさをたたえるホーンの作品の多くは自然と密接に結びついています。なかでも、多様性、受容性、変化や循環といった性質をもつ「水」は彼女の作品世界を読み解く鍵です。70年代よりアイスランドの島を旅し、人里離れた辺境の風景に鼓舞されてきたホーンの詩心が、箱根の自然に抱かれた美術館の佇まいと共振し、みずみずしい身体感覚をもたらす珠玉の展覧会でした。コロナ禍で多くの人たちが不安や孤独感を抱えるなか、静かに自分自身と向き合い、拠点とは、社会とは、自我とは何かを思考する時間を与えてくれました。

神奈川県立近代美術館葉山では「生誕100年朝倉摂」展が開催されました。蜷川幸雄や唐十郎など、戦後演劇の舞台美術を数多く手がけた朝倉摂の足跡を紹介する本展。彫刻の大家である父の方針で一切学校に通わず、日本画家・伊東深水に入門した朝倉の特殊すぎる作歴はまさに紆余曲折です。牧歌的ながら才気ほとばしる初期の日本画や、安保闘争を背景に社会問題に斬り込んだ絵画、実験精神溢れる舞台美術、情感豊かな絵本挿絵などすべてが、生前ご自宅でインタビューした作家の印象そのままの反骨と情熱に貫かれていました。

県民ホールでは、「ミヤケマイ×華雪(かせつ)ことばのかたちかたちのことば」展が行われました。伝統的な日本の美意識をテクノロジーや工芸的手法によってタイムレスにつなぐ美術家・ミヤケマイは、展示空間に浮かぶ小舟やガラスのインスタレーションを媒体に、ささやくように自身のことばを重ねます。漢字の成り立ちから掬いあげた自然と人間の関わりを書とテキストで表現する書家・華雪は、「木」という文字を自身の身体を通して幾重にも絞り出し、自然に対する根源的な畏怖を再考しました。

川崎市岡本太郎美術館では「第25回岡本太郎現代芸術賞」展が開催されました。毎回情報量過多で軽く船酔いの気分になるTARO賞の展示ですが今年は格別でした。発想も手法も独特すぎて、アーティストトークを聴いてもなお脳内宇宙がどうなっているのか想像できないアーティストたち。美術史の文脈など引っ張ってこなくても十分凄まじい強度をもち、誰にも頼まれなくてもきっとこれからもつくり続けると確信がもてる作家がそろうのはやはりここです。毎度のことながら清々しいまでの振り切り方に勇気づけられました。

KAATでは、KAAT EXHIBITION2022「鬼頭健吾展|Lines」が開催されました。2016年に始まった「劇場空間と現代美術の融合」を試みるシリーズの7回目。今回初めてアトリウムを会場に、誰でも体験することのできる展示空間を設えました。日常的な素材を使った幻惑的な作風で知られるアーティスト・鬼頭健吾が、高さ約30mの吹き抜け空間に無数のスティックが浮遊し、色彩がリズミカルに呼応し合うインスタレーションを展開。さらにこの空間で、山本卓卓(すぐる)のドラマ・インスタレーション、ケダゴロ、近藤良平、小㞍健太によるパフォーマンスが行われ、鬼頭の作品世界がもつフィジカルな側面がよりヴィヴィッドに強調されたことは新鮮でした。

今回取材した5つの展覧会は、パフォーミングアーツやポエトリーとの関わりの深い作品や、制作態度そのものに身体性を強く感じさせる作品が際立っていたことが印象的です。コロナ禍の状況でも、たゆまず創作活動を続ける作家と彼らをサポートする美術館のミッションの重要さを確信する機会ともなりました。

ロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》2017-2018年 ©Roni Horn 写真 : 永禮 賢

「ロニ・ホーン : 水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」

現代美術において最も重要なアーティストの一人、ロニ・ホーンの個展では、代表作である鋳造ガラスの彫刻が鮮烈でした。なかでも美術館に隣接する森の遊歩道に常設された《鳥葬(箱根)》は四季を通じて観ることのできる収蔵作品。雨水と朝露で満たされたかのような乳白色のオブジェは、この世にたった一人で生まれ、やがて自然に回帰するすべての人々のために誂えられた棺のようです。


会場 | ポーラ美術館 展示室1、2 遊歩道
日程 | 2021年9月18日〜2022年3月30日
主催 | 公益財団法人ポーラ美術振興財団
   ポーラ美術館
公式サイト

写真 : 内田亜里

「生誕100年 朝倉摂」

著名な父や美術界の権威への反動、政治の季節の闘争と挫折から、しだいに絵画から離れ、演劇に傾倒したともいわれる朝倉摂。これまで光を当てられることの少なかったその画業から、鋭敏で決然とした問題意識が伝わると同時に、戦後日本で女性の芸術家が抗ってきた多様な「壁」の堅牢さに立ち尽くす思いでした。
*本展は練馬区立美術館(6/26~8/14)、福島県立美術館(9/3~10/16)に巡回。


会場 | 神奈川県立近代美術館 葉山 展示室1–3a、4
日程 | 2022年4月16日~6月12日
主催 | 神奈川県立近代美術館、東京新聞
公式サイト

上 : ミヤケマイ《天の配剤》 写真 : ヤマモトジュン
下 : 華雪《木》 写真 : 今井智己

神奈川県民ホールギャラリー2021年度企画展
ミヤケマイ×華雪「ことばのかたちかたちのことば」

同じく日本美術の伝統的な手法を用いながらも、陰と陽のようにまったく方向性の異なる創作に取り組んできたミヤケマイと華雪。本展ではそれぞれの展示空間をきっぱりと分けた構成が功を奏し、彼女らの追求する作品世界を濃密に展開しました。ミヤケのインスタレーションの空間で行われた、華雪と琵琶奏者との気迫に満ちたパフォーマンスは企画全体の基調となるものでした。


会場 | 神奈川県民ホール ギャラリー
日程 | 2021年12月20日~2022年1月29日
主催 | 神奈川県民ホール
公式サイト

写真 : 木暮伸也

KAAT EXHIBITION 2022
「鬼頭健吾展|Lines」

ネオンカラーを効かせた色彩が快い刺激をもたらす展示空間は、ぼんやりと眺めるもよし、館内の様々な場所から視界に捉えるもよし、パフォーミングアーツの舞台として化学反応を楽しむもよし。鬼頭の強みであるダイレクトなワンアイデアの作品だからこそ、強い自我をもつダンサーたちのパッションや劇場全体に潜む意味深な台詞の「旨み」を取り込んで、そのビジュアルの鮮烈さを際立たせていました。


会場 | KAAT 神奈川芸術劇場 アトリウム
日程 | 2022年5月1日〜6月5日
   ※一部を除き8月21日まで期間を延長して展示
主催 | KAAT 神奈川芸術劇場
公式サイト

第25回岡本太郎賞 吉元れい花《The thread is Eros, It ’s love!》
画像提供: : 川崎市岡本太郎美術館

「第25回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

2017年に脳出血で入院した作家による超絶細密濃厚な刺繍画、世の中の価値観の転倒を暗示させる巨大なバナナの皮、世界情勢をモチーフとしたチョコレートファウンテン、速記者をクローズアップした作品、「バナナ」についての概念を取材し描きおこした精細な絵画など。「ベラボー」(by 岡本太郎)なひたむきさに心打たれました。
*次回(第26回)TARO 賞展示は2023年2月〜4月を予定


会場 | 川崎市岡本太郎美術館
日程 | 2022年2月19日〜5月15日
主催 | 川崎市岡本太郎美術館、公益財団法人岡本
   太郎記念現代芸術振興財団
公式サイト

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